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エコが積極的な国民的関心にならない理由 - 格差とプロレタリア

エコ中期目標_1PARC自由学校の講演の配布資料ができたので、PowerPointのファイルを事務局に送付した。第一回目(6/1)の教室の感触と参加者の様子を窺って、最初の予定を変更して内容を大きく組み立て直した。参加者は予想外に若年の方が多い。初回の議論を聞きながら思ったことは、受講者について予断を持ってはいけないという戒めで、勝手な身内意識の思い込みは禁物で、要するにプロの俳優や歌手がショーを見せるように、料金と等価の満足を観客に対して提供しなくてはならないという基本に尽きる。「勝手な身内意識」とは、例えば、4/13の派遣法抜本改正集会での佐高信の語調などがそうだけれど、暗に「皆さん左でしょ」「私の話を聞きに来たんでしょ」と言っているかのような、妙な馴れ馴れしさと準備不足の手抜きが伝わるあの感じだ。集会が始まる前に壇上に着座しながら、佐高信とニヤニヤ話し込んでいた湯浅誠の態度も決して印象のよいものではなかった。そういう機会や立場にどっぷり浸った著名人が聴衆を見下している感じが漂うのである。講演する方にすれば、参加者はその他大勢の一人だろうが、参加者の方は一期一会の感動を期待して来ているのである。  

続きの内容をレジまぐ版に詳しく公開しました。コメントはこちらの方にお願いします。

エコが積極的な国民的関心事とならず、主体的で内発的な循環運動に発展しない理由について、79年の第二次オイルショック後の「省エネ」と比較しながら考察しました。結論としては、かつては中産階級として一つだった国民が分解し、格差社会の中で共通の利害と目標を持って全体が回らない現状があり、そしてまた、多数の国民が「溜め」を失い、エコを自らの生活スタイルとして展望できない基礎的な問題があります。この分裂と貧困の状況を克服しないかぎり、日本がエコで世界を主導する先進性と生産力を回復することは難しいのではないか。私にはそう思われます。日本人は、プロレタリア化に応じて、次第に地球市民的な政策課題に無関心になり、関心と思考力を失い、目の前の政局ショーに一喜一憂する(古代ローマ市民のような)存在になりつつあります。

それは無理もないことではありますが、格差社会化によるプロレタリア化とその政治意識が、8年前の「構造改革」の熱狂的支持(似非ボナパルティズム)を生み、今回の民主党の「政権交代」への盲目的陶酔を呼び起こし、日本の政治をポピュリズムの政治に染め上げているわけですね。というような本質的な分析と説明を提供してくれる政治学者はいないのでしょうか。

エコ中期目標_z
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No title

『最近の興味は、エコ』なんてほざく人間は、DINKSの虚栄心に満ち

た巷間の所謂『勝ち組』と呼ばれる少数の人間しかいないのではな

いでしょうか。エコという一見優しそうに感じる言葉の裏側には、途

轍もない悪が潜んでいるのにも拘らず、メディアの怒涛の情報の洪

水で、多くの人間が不感症になっています。そういえば、辺見庸氏

の近著の『しのびよる破局』には「悪を善でオフセットすることなど可

能なのか」という件がありました。

エコとエゴ

 貧困層はエコよりエゴを優先しなければ生きていけない。これは事実だけれど、なんとも悲しい格差社会文明国の実体ですね。僕もアメリカの貧困層のひとりをずいぶん長いことやってますが、エコ意識だけは最低限持続するように努力はしています。お金の余裕はまったくないけれど、あまりにも長いあいだの貧乏暮らしに、それなりの貧困安定意識ができて気持ちに余裕ができたんですね。でも毎年夏を迎えて仕事が少なくなっていくとエコどころではなくなる。これの繰り返しです。
最近インドの映画を見る機会が多く、いまだにすさましいその貧困に目を覆いたくなりますが、あるいは戦争真っ最中の国、やはりそこではエコ意識はまったく育たない。

>国民が、エコを自ら積極的な課題とするためには、国民全体が一つの利害共同体の塊にならなくてはならず、共通の意思と確信を持てる存在にならなくてはならない。

 ドイツという国は、政府が国民を少しづつだましだまし、上手に環境大国になったと聞きました。国=政府の大きなエコ意識があったわけですが、ここでいう政府の意識とは、べつに国民をだましたわけではなく、そのまま国民の意識の勝利だったのではないかと思えるのです。
 このアメリカという国もモーレツな格差社会ですが、最貧困層に育っても才能があれば社会(政府)が子供を実に大切に育てる。いまだに「夢をもてる社会」がどこかに残っています。
エコという夢を達成することは、いまだに幼年期の人類に与えられた天からの課題です。
みんなの意識に余裕さえ出てくれば、お金はなくてもエコは実践できると思います。もっと大事なことは、そこで培われた余裕のある意識こそが、格差や貧困という社会問題をもっと変えていくちからに繋がっていくような気がするのです。

今日の「世に倦む日日」エントリ最後の言葉、「存在は意識を規定する」はマルクスだと思いますが、僕自身の内部にもある、エゴをむき出しにしてエコ意識を規定してしまうことはやはり恥ずかしいことだと思います。 NY金魚

マスコミの問題

>というような本質的な分析と説明を提供してくれる政治学者はいないのでしょうか。

いるのかもしれませんが、マスコミには出てこないでしょうね。
政局話のほうが視聴率が取れるのでしょう、マスコミも。
そういった本質的な話では視聴率が取れない。

やってもNHKスペシャルくらいでしょうかね・・・


マスコミとしては政権交代しそうな方が視聴率が取れていいという判断なのでしょう。
国民生活の改善などどうでもいいとしか思えない。
マスコミが追及しなければ国民が追及するしかないですが・・・民主議員もひどい物です。

No title

本日、千葉市長選挙で民主党の推薦する候補が当選しました。それは実に嬉しいのですが、それとは別に、郵政不正メールがらみで、厚労省の女性のエリート局長が、大阪地検に逮捕されました。
女性のエリート官僚が、かかる犯罪に単独に関与したとは考えられません。その背景に【政治がらみ】があるといわれています。
その【政治がらみ】に、与党の国会議員なら別として、民主党の議員が関係していないことを祈っています。
もし、民主党に関係議員がいるならば、この千葉市長選挙の快挙にに水をさすものとして、絶対に許せません。そうでないことを願いつつ、仮にそうだったなら、民主党はただちに除名処分の処分を行うことを念願しています。
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