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政治言語としての「政権交代」 - ポピュリズムと擬似カリスマ

政権交代_15/11の小沢一郎の辞任会見の席上で、誰かが「小沢さん辞めないで」と叫び声を上げたという報道を見たけれど、その行為はあまりに軽率で非常識だったのではないだろうか。多くの国民は、民主党の一部にある世間の常識感覚との大きな隔たりを感じて幻滅したことだろう。民主主義の政治なのだから、それは確かに衆愚政治と隣り合わせではあるのだけれど、基本的に現在の多数の支持を得なければ権力を手にすることはできない。その政治家や政党の振る舞いが一般市民の感性や常識とあまりにかけ離れすぎると、どれほど彼らが自己を強い政治的信念の持ち主だと確信し、蒙昧な大衆を指導する前衛の選良だと心得ていても、結果的に多数の支持や共感を調達することはできなくなる。「マスコミの洗脳報道に騙されている多数の市民」の像が真実なのか、「常識を失って無能な金権指導者を礼賛している自分」の像が真実なのか、二つの表象に対して緊張感とバランス感覚を持って対峙する必要がある。そして自分が公衆の前で発した言葉は必ず自分にハネ返って来る。政治家は自分の言葉に責任を持たなければいけないよね。  

政権交代_2世襲殿様の小沢一郎は、辞めないでコールを受けて図に乗ったのか、朝日新聞などに報道されたような四人組恫喝の剛腕醜態劇を演じている。今度の代表選を見ながらつくづく感じたのは、民主党の党内に小沢一郎に対する反発が根強く広がっていて、彼ら中堅議員たちが自由にものが言える環境を欲しているということだった。それは決してマスコミの演出や脚色によるものではない。そして現実に、小沢一郎は確実に党内で失脚を始めていて、以前なら、四人組恫喝事件のような情報は簡単に記事になって表に出なかったはずが、今は歯止めなく晒されるようになった。誰も口にチャックをしなくなった。民主党という党組織は、悪く言えば各自バラバラで纏まりがないが、よく言えば言論と政策について各自の個性と自由が緩く保障されたところがあり、百家争鳴的な性格をネイティブに持っていた。現在、反小沢で声を上げている蓮舫や長妻昭は、昔からの民主党を知っている者たちで、小沢一郎以前の民主党に体質を戻そうとしているわけだね。小沢一郎がカネと情報を独占して党を支配し、専制的に選挙と国会と政策を仕切る手法に耐えられない連中だ。

政権交代_3これまでは、小沢一郎の「政権交代」の水戸黄門の印籠の前に沈黙せざるを得なかったけれど、小沢一郎が代表を降りた途端、水を得た魚のように反小沢の動きを活発化させるようになった。代表選で岡田克也が言っている「西松問題は小沢一郎の個人の問題だから今後は一人で裁判を戦え」「民主党は関係ない」という発言は実は意味が深くて、6月以降の公判の動きを睨んでいる。つまり、最終的には離党せよという党内政局になるということだね。鳩山由紀夫が代表になっても岡田克也は幹事長で執行部に入る。小沢一郎が離党に追い込まれたら、形の上では鳩山体制でも、実質的には岡田克也を中心とした反小沢陣営が主導する組織になる。公判は、小沢一郎に党内の権力や影響力を残す事態を一掃するだろう。必ず第二段の責任問題に火がつく。マスコミが黙っていない。小沢一郎は民主党を離党すべきかどうかを問う世論調査が記事になり、小沢一郎が党内に実権を持って居残ろうとするかぎり、また延々と小沢批判の報道が続く時間が流れるだろう。その時間は、今度はまさに選挙直前の時間であり、対応を誤れば、2年前の参院選の赤城徳彦の問題のような効果になって民主党に打撃を与えるに違いない。小沢一郎は徐々に民主党にとって癌の存在になる。

政権交代_4勇気を出して核心の問題に入るけれど、それは「政権交代」という言葉についてだ。この言葉の中身について考えたいのだけれど、中身に入る前に、今回、民主党の中の権力体制なり権力状況なりが変わり、「政権交代」の言葉に対する感じ方が変わったということはないだろうか。「政権交代」という言葉の響きや重さや熱量に変化が起きたという感覚はないだろうか。僕にはそういう実感があるね。同じ「政権交代」でも、小沢一郎が言うのを聞くのと、鳩山由紀夫が言うのを聞くのと、岡田克也が言うのを聞くのとでは、言葉は同じでも、意味が違うじゃないかと言うか、その言葉への自分自身の感じ方や受け止め方が違っている。民主党が言っている「政権交代」なのだから、国民には一義的に理解され認識されなくてはいけない言葉のはずだけれど、自分自身が持つ三人の政治家に対する好感度なりコミットメントの程度に応じて、明らかに「政権交代」の言葉の表象や説得力に差異があるよ。誰もが頷くと思うのは、小沢一郎の「政権交代」は重みがあって、鳩山由紀夫の「政権交代」は軽っぽいよね。岡田克也の「政権交代」は、清新な感じがするけれど、小沢一郎の「政権交代」とは中身が違うんじゃないかという感触がある。そこから言葉についての検証の必要を意識するよね。

政権交代_5同じ言葉であっても、響きに微妙な差異を感じるという点は結構大きな問題のはずで、言葉としての「政権交代」の本質がそこにあるんじゃなかろうか。そこで考えてしまうのは、小泉純一郎と自民党の「構造改革」とか「改革」の言葉で、あれも、きっと小泉純一郎ではなくて、例えば高村正彦だとか、与謝野馨だとか、石破茂だとか、別の政治家が国民の前に言っていれば、別の感触で伝わっていて、感触だけでなく政策の中身も変わっていただろう。僕が言いたいのは、要するに「政権交代」も「構造改革」も、政治統合を目的とした象徴言語であって、有権者の耳に心地よく響くプラスシンボルの政治標語であって、中身が厳密に保証されたものではなく、フラクタルな虚偽意識すなわちイデオロギーの性格が濃厚な政治言語だということだ。そこに注意と観察の必要があるということだ。言葉を聞いた国民が持つのは「約束の大地」の漠然とした福音表象であって、苦境にある事業や生活を救済へと導いてくれる「魔法の杖」だと信じる期待感だ。つまり共同幻想、集団的な自己欺瞞と自己催眠だよ。例えば、岡田克也は「財源なくして政策なし」と言い、赤字国債を発行してまで社会保障を充実する必要はないと言っている。これは官僚や竹中平蔵の言い分と同じだよね。こんな男の「政権交代」で、貧困や派遣労働の問題や地域医療や一次産業の問題が解決されると確信できるだろうか。

政権交代_6君は僕に正直に言ったことがあるよね。自分は小泉純一郎が首相になって登場したとき、「構造改革」を強く期待して支持した人間の一人だと。そして、大前研一の「平成維新」も強く支持した一人だと。僕は忘れていない。僕がいつも思っているのは、ネットで「政権交代」を唾を飛ばして絶叫し、「小沢一郎じゃなきゃ絶対にだめ」と個人崇拝のプロパガンダを撒き散らし、そして民主党や小沢一郎に対して懐疑的な視線を送っている者たちを汚い言葉で誹謗中傷して排斥しているブログ左翼たちは、ひょっとしたら、小沢一郎に対して異常にコミットメントの強い者ほど、あの当時、小泉純一郎と竹中平蔵の「構造改革」に熱狂し陶酔し惑溺した人たちではなかったかということだ。あのとき、TBSの報道では9割が小泉支持だと伝えていた。僕は、自分がこの国の1割の少数派に属している事実を知って愕然とし、政治に対する関心を失い、HPを更新することを中断した。そのときは、9割の数字が不思議で仕方がなかったけれど、君の話を聞いたときに妙に納得したものだ。政治の真実を直観したものだ。「構造改革」の政治言語が小泉純一郎の擬似カリスマと強く結びついているように、「政権交代」は小沢一郎の擬似カリスマと強く結びついている。両方とも、作為的で操作的な大衆動員の政治言語であり、フィクション(虚構)に支えられている。そしてそれはポピュリズムの政治だ。9割と1割の問題は今もそのまま続いている。

政権交代_7「政権交代」すれば必ず政治は変わると民主党は言う。一方で、「政権交代」しても政治は変わらないという醒めた見方もある。あの頃、9割の人々が、「構造改革」で日本経済も国民生活もよくなり、苦境から脱出して楽園に行けると思っていた。信じようとしていた。結局、「構造改革」も「政権交代」も、言葉に対する信仰と帰依を媒介しているのは、国民の生活苦であり貧困であり格差社会なのだ。救済願望なのだ。「構造改革」では国民は騙された。騙された事実に気づいた。痛みを耐えた先にあったのは派遣村の絶望だった。一つだけ言おう。「政権交代」しても変わらないと私が思う根拠は、もし民主党が政権交代を実現すれば政治が変わり国民が幸福になると言うのなら、少なくともその設計図を見せることは可能で、設計図を法案化して参議院に提出し、民主党が政権を取ったらこうなるという政策構想を参議院で具体的に実現することはできたはずだ。「霞ヶ関改革」なり「官僚支配の打破」を法案設計して提出すればいいじゃないか。それをしてないよね。口先だけなのだよ。これまでのマニフェストで打ち出されたのは、せいぜい子育て支援と高速道路無料化と農家最低所得保障に過ぎない。どれも立派な政策で、自民党も一部を必死にパクって来ているけれど、この程度の政策実現でわれわれが「約束の大地」へ到達できるとは思えないよね。まして「財源なくして政策なし」と言われた日には、この三つを実現するために消費税を取られるのかと思うよね。

政権交代_8民主党は参議院で「国民の生活が第一」の政策を具体提示しなかった。「国民の生活が第一」はただの標語であり、宣伝コピーであり、共同幻想に国民を駆り立てる道具だ。岡田克也が代表に就けば、必ずイメージ刷新のため宣伝コピーを変えるだろう。「国民の生活が第一」はその程度のものであり、宣伝コピーなら誰でもできるから、だから公明党が真似して同じコピーを採用している。私は君の政治家としてのセンスとスキルを高く評価しているけれど、「構造改革」が何だったかをもう一度考え直せば、「政権交代」が何なのか政治的な本質を察知することが可能なんじゃないだろうか。小泉純一郎は、そのときは英雄だったけれど、今では相当に悪役になり下がっている。株が下落しているよね。小沢一郎は、僕の見通しでは、数年後は小泉純一郎より評価が下がって真っ黒な悪役になっているんじゃないだろうか。今、テレビや新聞で小沢一郎を叩いている人間は、例えば岸井成格や田原総一朗や星浩は、15年前は小沢一郎を絶賛して、小沢一郎を改革の旗手と持ち上げて「政治改革」のレジームを敷いた人たちだ。小沢一郎と手を携えて成り上がった権力者たちだよ。それが小沢一郎を裏切り始めた。なぜ彼らが小沢一郎を簡単に裏切れるかと言うと、彼らが小沢一郎の実像を知っているからで、自分たちが小沢一郎の擬似カリスマを捏造した張本人だからだ。本当は無能で古い体質の世襲殿様だということを知っている。「政権交代」への陶酔と惑溺は、必ず裏切られて大きな反動になるだろう。

政権交代_z
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No title

無能でも政権交代と叫んでいれば
とりあえず飯は食える、
それだけなんじゃないですか、
民主党員の目的って。
ルーティンワークの最たるものですね。

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

政権交代は手段であって目的ではない

政権交代は手段であって、目的ではないはずです。

仮に民主党が国民から支持を集めるためには、政策、特に現与党との違いを明確に打ち出すことだと思います。

また、民主党は外国人参政権を支持しているようですが、これも「なぜ必要なのか」という理由も含めて、国民にしっかりと示して欲しいものです。

民主党が「新自由主義との決別」と「具体的な道筋」を示すことができれば、国民の支持を集める可能性はあると思います。

No title

今日(5月18日)の、各紙の世論調査によると、全紙とも、民主党の鳩山代表の選出を受けて、民主党の支持率が大幅に回復し、自民党の支持率を大きく上回り、また『どちらが首相にふさわしいか』の質問では『麻生首相29%(朝日新聞)に対し、鳩山代表が40% 』とリードしている。
だからと言って、民主党は決して油断してはいけない。西松問題が問題となる前、『世に倦む日日(1月19日)』さんは、次のような卓見を書いている。
麻生首相の解散戦略は打つ手がない。任期切れの9月まで政権を引っ張ること以外に眼中にない。長く引っ張っている間に【神風が吹いてくれる】ことで、その類の≪奇跡≫が起こるのを待つだけである。
ところが、『西松建設』という【神風】が、本当に吹いたのである。
それから二か月、民主党は小沢代表の辞任によって、ようやく世論の厳しい【神風】を避けたつもりでいるだろうが、歴史上、決して忘れてならないのは【神風は二度吹いた】のである。蒙古の来襲に対し、文永(1274)・弘安(1281)の役の【神風】である。
攻める民主党に対し、守る自公政権にとって、唯一の頼みが【神風が吹いてくれること】であっても、これを荒唐無稽と侮ってはいけない。730年前、二度まで吹いた【神風】が日本を救ったのである。

No title

こんにちは。
御説に付け加えれば「二大政党制」とか「政界再編」とかいうものも象徴言語でしょう。「改革」にしても「政権交代」にせよ、何をやるのか、その結果我々の日常と社会、そして政治的な民主主義について何が変わるのか、実質を問わねばならないのでしょうし、とっくの昔に「政治改革」なる言葉が出てきたときに実質を問うべきでした。幸いなことに「美しい国」は象徴言語として定着しませんでしたが。
実質からみれば、今の「二大政党制」では二つに分かれている意味はなさそうです。本来的には菅直人氏、長妻昭氏、江田五月氏のような人々の中道左派政党と岡田克也氏、鳩山由紀夫氏らの中道右派(新自由主義派)政党が対峙しているのが、一つの政治の健全な姿だと思います。その状況の中で湯浅誠氏らの左派政党がキャスチングボードを握る。ついでに言えば前原誠司氏、長島昭久氏らは右派ミニ政党を結成すればよろしいでしょう。
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