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中国映画『レッドクリフ?』 - 林志玲(小喬)の圧倒的魅力に悩殺

赤壁_1『レッドクリフPart?』を見に行った。今年のGW映画の中で最も話題になっている作品だが、新型インフルエンザ報道のせいで観客の出足が鈍っているのか、それとも不況のせいなのか、映画館の中は閑散としていた。だが、この映画は間違いなくお奨めできる。テレビやネットの宣伝で受けるコマーシャリズム的な印象よりも実際の映像ははるかに見ごたえがある。娯楽商品としてマスの大衆を動員しなければならないから、あのようなコミュニケーションとメッセージになるのは仕方がないが、広告の印象は軽薄でよくない。第一、日本で公開する際の題名を英語の「レッドクリフ」にすること自体が私には抵抗があり、正しく「赤壁の戦い」と銘を打つべきで、不滅の歴史物語を自ら貶める冒涜行為のよう感じられていた。映画の内容がよかったので、今は一安心した気分に落ち着いているが、中国の古典や歴史を映画化した作品を日本で配給する際は、そうした文化的背景のない英語圏の観客にエンタテインメントを商売する論理とは異なる態度で対応して欲しい。三国志はわれわれ日本人の神聖な古典でもある。グロ?バルマーケティングの論理で安直に塗り潰されては困る。  

赤壁_2実際のところ、映画のストーリーは三国志演義にもないフィクションが縦横に組み入れられ、三国志を題材にしたオリジナルな物語になっており、そうした原作や史実との独立性を表現するべく、制作側が意図的に日本市場でも「レッドクリフ」の題名にした気配はある。たしかに映画は娯楽だ。だが、娯楽とは何かという定義はある。美味しい食べものがマックのハンバーガーだけではないように、娯楽とは何かの定義や基準が米国人の底の浅い感性に独占されたり、従属させられることを私は受けつけない。映画の娯楽とは何かを、むしろ逆に、こちら側から定義して米国人や欧州人に提示する姿勢を持つことが大事だ。『おくりびと』や『千と千尋の神隠し』のように。そういう感覚で三国志を映画にすれば、「レッドクリフ」の広告宣伝が世界市場に訴求するグローバリズム的(オリエンタリズム受容的)な消費文化性とは異なるイメージができるだろう。このことは、例えば、この中国映画を東南アジアの市場でどう売るか、インドでどう売るかという際も考えるべきで、「レッドクリフ」の題名でグローバル商品として販売してよいかどうか、関係者には悩む内面を持って欲しい。映画は商品だが、歴史は文化なのである。

赤壁_3ともかく映画は面白かった。面白さの中身は後半の戦闘シーンの圧倒的なスペクタルである。前半は退屈で面白くない。脚本もいいとは言えない。人物描写の点で成功しているとも言えない。展開にも不満が残る。だが、壮絶な戦闘シーンが始まると、全てを忘れて映像にのめり込んでしまう。火攻めの計で黄蓋の船団が曹操の船団に突撃して、曹操の水軍を全滅させる水上夜戦も大迫力で堪能できるが、圧巻だったのは、その後に続く呉軍兵団の曹操陣地への凄絶な突撃場面で、この場面には感動させられた。ここで感じさせられたのは、赤壁の戦いが呉の存亡を賭けた戦争だったということである。祖国防衛戦争としての赤壁の戦い。まるで司馬遼太郎が描く日本海海戦のような歴史表象。ずっと昔、中学生の頃に吉川英治の文庫本を読んだときは、そういう感想は持たなかった。曹操軍は80万、孫権と劉備の連合軍は5万、さらに劉備が兵を引き上げたため、呉軍はわずか3万。この僅少な兵力で曹操の陣地に総攻撃をかける。司馬遼太郎が小説でよく書いていたが、普通、城攻めにおいては攻める側は守る側の3倍の兵力を必要とする。しかし、この場面では圧倒的少数の呉軍が曹操軍の城砦に白兵突撃する。戦闘に敗北して壊走するのは曹操側で、勝利するのは周瑜の呉軍だが、映画の描かれ方では犠牲者は圧倒的に呉側が多い。

赤壁_4映画中、特に誰にも感情移入するとか共感するということはないが、曹操軍陣地から放たれる矢の雨に胸を射抜かれて倒れながら、一列兵団の盾を前へ前へ前進させてゆく無名の呉兵たちの姿に胸が熱くなる。そういう感動を受けるとは思わなかった。同じことをするのだ。いつの時代も男たちは戦場に駆り出され、あるいは自ら赴き、最前線で決死の歩兵戦をやるのである。勇敢な者が命と引き換えに砦を抜く。あるいは砦を守る。勇敢な男が死ぬ。命と引き換えの勇気を引き出すのはナショナリズム、祖国と家族を防衛する男の感情と使命感である。単に火攻めで水軍戦に勝利しただけでなく、呉兵の果敢で勇猛な戦闘意志が地上戦を制し、赤壁の戦いの勝利を齎せたのだと映画は言っている。地上戦の攻防は夜だけでなく朝も続き、曹操軍は防衛陣地を突破されて全軍潰滅する。この間の地上戦の具体的描写が面白く、中国史ならではの凝った戦闘テクノロジーが次々と登場する。それより1400年も後の戦国時代ですら、日本の合戦はシンプルで、鉄砲の先制攻撃と騎馬武者と歩兵の槍突撃だけしか絵がないが、すでにその400年前に戦国時代を経験し、墨家や孫子の兵法を汲み尽している中国は違う。複雑なバリエーションとテクノロジーがある。この映画を見てふと思い浮かんだことは、現代の中国軍はどういう地上戦の作戦方法を持っているだろうかということだった。

赤壁_5この映画の成功要素、すなわち醍醐味は何と言っても戦闘シーンだが、もう一つある。それは小喬役の林志玲である。林志玲の小喬が素晴らしい。まさに絶世の美女。映画を見る前は、単に戦闘アクション映画に花を添えるキャラクターを無理に作ったかという程度にしか思っていなかったし、実際に役回りはそうなのだが、その存在感に惹かれ、進行するほどに惹きこまれ、この映画の本当の主人公が周瑜や孔明ではなく、林志玲の扮する小喬だと気づく。否、むしろこの映画は、小喬に扮する林志玲のプロモーションビデオで、壮絶な戦闘シーンはその副菜ではないかとすら思えてくる。林志玲に魅了される。戦闘シーンの迫力には夢中になるが、それ以外の場面になると、関心は林志玲に向かい、どういう女優なのか後で調べようと、そればかり気になった。映画の中の雰囲気は仲間由紀恵に似ている。と思ったが、写真を見るともっと別の誰かに似ている。最初に見たとき、この人は大陸の中国人ではないなとすぐに感じた。台湾か、あるいは米国在住の中国人に違いないと踏んだが、直感が的中した。台湾のモデルで、日本の藤原紀香のようなキャリアとポジションで活躍している。映画出演は初めてで、この女優の抜擢に呉宇森監督の才覚が光る。曹操の本陣に乗り込んで茶で誑かす見せ場は絶品だった。『ブラザーフッド』の李恩宙が自殺した後、気になる女優が絶えて久しかったが、林志玲の発見は私にとって大きな収穫で、次はラブシーンを期待したい。

赤壁_6周瑜を演じた梁朝偉については可もなく不可もなくだが、林志玲の小喬が真の主人公だとすれば、見事な名脇役を演じたと言える。呉宇森監督は、最初は梁朝偉を孔明に配役する予定だったようで、確かにそちらの方がキャスティングとして相応しい。金城武の孔明は、この映画の軽薄な印象をさらに増す効果になった感じがする。周瑜は若い天才で、機略に富んだ万能の男である。若くして死んだ人生からしても、神が使わした妖精という感があり、赤壁の戦いという世界史の偉業を成し遂げるために一瞬を生きた人物のようなところがある。そういう周瑜を演じて内面を説得するのは至難の技だっただろうし、脚本の出来もよくなかったので、梁朝偉自身の仕事としては満点を与えてよいだろう。前半の静かな場面の演技は相当に苦労していたが、後半の戦闘場面は水を得た魚のようで、剣戟の腕で群がる敵兵を薙ぎ倒しながら呉軍を指揮する勇猛果敢な将軍像をよく出していた。曹操役の張豊毅も及第点だろうか。この役はさらに難しかったと言える。曹操の人物像は演じにくい。冷酷非情で好色な独裁者であり、政治のカリスマであり、同時に詩才のある一級の文人である。曹操の人物像は、おそらく曹操役の俳優の演技力だけではどうにもならず、周囲のキャストの演技で演出しなくてはならないはずだ。だが、今回の映画では、そこまで配慮が届いているようには窺えなかった。赤壁の戦いは、絶対的な軍事カリスマが完敗して挫折する歴史の場面である。完敗するが、曹操はやはり乱世の中で群を抜いた器量の人物なのだ。そこをどう説得するか。

赤壁_7三国志を読んだのは中学生のときで、それっきり読み返すことをしなかった。次はマンガの方がいいかなと思いつつ、なかなか手が出せないまま年が過ぎている。人生の残り時間もそれほど長くはないと思い始めた頃に、こうして赤壁の戦いを壮大なスケールの映画で見れたことは幸いだった。できれば、赤壁の戦い以降の三国志の後半の物語を描いた映画にも出会いたいし、関羽や劉備や孔明が死んで行く場面を感動的に撮った映画も見てみたい。三国志は、私が中学生だった頃より現在の方が日本人にポピュラーな文化になっている。ゲームやマンガの影響でファンが増えている。その傾向は、日本の右傾化が進み、反中ファナティシズムが横溢している状況とは無関係に、不思議なことに衰える様子がない。中国には歴史がある。歴史のある中国が経済的に豊かになり、自国の歴史を映画作品で積極的に表現・再現できるようになった。これからは、単にエンタテインメントを欧米市場に売って興行収入を上げるだけでなく、中国の歴史の再現とか解釈の文化的動機をもっと中心に据えて、各時代の歴史ドラマを見せて欲しいと思う。アジアの人間は西洋史の知識があるが、欧米の人間は東洋史について知らなさ過ぎる。特に米国人の無知と無関心は酷い。今度の映画でも、米国人は古代中国の戦争のスケールや迫力には感嘆して興味を持つだろうが、三国志のドラマに対してどこまで関心を持つだろうか。そういう点が気になる。できれば、だから、その題名は米国で配給するときでも、「レッドクリフ」ではなく「赤壁」のアルファべット表記の方がいいのだ。

赤壁_z
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