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4/13派遣法抜本改正集会の報告 - なぜ政治家を批判しないのか

派遣法抜本改正_1見たまま感じたままをありのままに書くし、私はそのようにするしかなく、もし不都合があればお許しいただきたい。昨夜(4/13)、霞ヶ関の日本弁護士会館で「派遣法抜本改正集会」があり、それに参加したが、全く盛り上がりの欠ける集会で、中身も乏しく、何の成果も感じ取ることができなかった。派遣村なり反貧困なりの催しに足を運ぶのはこれで4回目だが、これまで必ず感じてきた熱気や興奮や迫力や感動がなく、それがふっと消えて跡形もなく、そのことが嘘のように思われて、一夜明けた今でも当惑した気分のままでいる。簡単に言えば、昨夜の集会は、「従来左翼のお決まりのイベント」だった。3か月前の日本教育会館で開いた「1.15派遣村からの大逆襲」と同じ集会のはずなのに、出てきたメンバーも、参加した人々も同じなのに、実相はまるで違っていた。完全に死んでいた。肝心な点として、企画がよくない。1/15の集会と昨日の集会は、同じ企画者だったのだろうか。今回の企画は、定型的な「左翼の集会」の体臭がむせ返るような性格で、馴れ合いの雰囲気が充満していて、私には興醒めだった。  

派遣法抜本改正_2企画の貧困、企画の失敗。結果としてのモメンタムの喪失。例えば、ニュースペーパーの「小泉純一郎」のパフォーマンスは演るべきではなかった。無用だった。前回の1/15の集会には無かった。佐高信の出番も不要だった。前回はプログラムに入ってなかった。企画の中に、何か無理に客席を喜ばせようとか、集客の目玉を入れようとする意図が透けて見えていて、その意図の対象が、こうした集会に半職業的に顔を出す「常連の左側関係者」を想定しているようで、そこに企画の限界と無粋があった。なぜ、1/15のときと違って、企画の中に「小泉純一郎」のそっくりさんのパフォーマンスが入ったのだろう。労働者の個別事例報告を集められず、出しものに不足して時間が余っていたのだろうか。個別事例報告(トルコ航空・三菱ふそう・阪急トラベル)も、わずか2週間前の反貧困フェスタ2009のときとは印象が大きく違った。同じ労働者の事例発表なのに、そこにある事情とドラマは同じで、抱え込まされた苦悩や不条理は同じなのに、集会の場の雰囲気と演出の差で観客側の受け止め方はこれほども違ってしまう。3/28の体育館のような深い共感体験に繋がらない。

派遣法抜本改正_3政治家と政治家たちの報告のことを書かなくてはならない。前回と同じように、菅直人は集会開始の10分前には会場に入っていた。そして、挨拶が終わると同時に席を立って帰って行った。福島瑞穂は、今回は遅刻して18時43分に会場に入った。前回と同じように最後まで残った。共産党は小池晃が顔を出した。福島瑞穂に続き、遅刻して18時44分に入った。最後まで残った。国民新党の亀井亜紀子はさらに遅刻して18時48分に入ってきた。途中で退席して帰った。彼らは平然と遅刻をし、平然と早退をする。私は、こうした集会に顔を出す政治家たちの遅刻と早退が許容できない。それを黙認している事務局の態度も気に入らない。彼ら政党の幹部が、派遣法抜本改正に本気ではない真実がありありと看て取れる。幹部でなくてもよい。政党の代表は、遅刻せずに出席して最後まで残って質問を受け付ける人間を呼んで話をさせるべきだ。前回(1/15)も、基本的に政党の話は、「前向きに頑張ります」「全力を尽くします」のアリバイ発言だったが、今回はさらに酷かった。全てが露呈して醜悪で、空疎な形式発言が宙を舞い、政治家たちも「常連左翼の前だから適当でいいだろう」と開き直っていた。

派遣法抜本改正_4今回の野党の幹部の話を聞くと、中身的には福島瑞穂と亀井亜紀子が掠る程度に紹介したが、5月の連休明けに野党の派遣法改正案を纏める予定になっていて、骨子は登録型派遣の原則禁止が盛り込まれた内容になっており、それは日弁連からもエンドースされたものだということだった。それを連休明けに参議院に上程して審議可決、衆議院に送るという計画で、6月中旬の会期末までに窮屈な日程になりそうだと福島瑞穂が漏らしていた。田舎娘の福島瑞穂は正直者で、こういう席で表情で嘘を演技しない点が美質の一つだが、彼女が語った本音は簡単にインタプリタできる。つまり、形式的に野党案は纏めて参院で可決するけれど、ほとんど審議の時間もなく、十分な時間を取って国民世論に訴えることはできず、マスコミにも注目されないまま衆院の審議には入れないか、簡単に否決されて終わりになる。修正協議にもならない。今国会では派遣法改正はまともな議論にはならない。福島瑞穂(の顔)はそう語っていた。だが、これとて最善の予測であり、それ以前に、民主党が登録型派遣禁止の法改正案で合意するかどうかは怪しく、野党案を集会参加者の前でコミットできない福島瑞穂は、例の調子で観客に甘えた口調で言い訳の許しを請うていた。

派遣法抜本改正_5注意して聴いていた者は気づいたはずだが、菅直人は法改正の中身や日程については何も具体的な話をしなかった。民主党の中で、この問題の責任指導者は菅直人である。菅直人に社民党と協力して派遣法改正の野党案を纏めるよう指示を出したのは小沢一郎である。正月の派遣村運動の後、民主党の労働法制の政策方針を左に舵を切って、製造業派遣禁止を含む抜本改正に転換したのは、小沢一郎の差配によるものだった。衆知のとおり、菅直人が小沢一郎の命を受けて福島瑞穂と手を繋いで抜本改正に動き始めた途端、自動車労連や電機労連をバックにした直嶋政行を始めとする党内右派が猛反発の声を上げ、朝日新聞紙上で抜本改正野党案を骨抜きにし棚上げにする策動が展開される。それから3か月が経った。そして1か月前から民主党は西松事件と小沢辞任の政局となり、政策論議や選挙対策は蒸発したようになり、方向性と存在感を政治の世界で失ってしまう。小沢一郎の威光は衰え、小沢一郎を支えることで保持していた左派の党内権力バランスも微妙になり、特に菅直人自身の指導的地位も危うくなった。おそらく党内は、もはや派遣法改正どころではないのだ。ポスト小沢に生き残れるかどうか、菅直人と左派が引き続き勢力を維持できるかどうか、剣が峰の状況になっているのである。

派遣法抜本改正_6その影響で、派遣法改正の民主党案が出ないのであり、様子見の状態になり、先送りの気配が漂っているのである。民主党の派遣法改正案は小沢政局の帰趨何如にかかっている。しかし、それにしても、政治家4人の挨拶の中には真剣さや誠意がなかった。テレビタレントとして野党政治家の立場と姿勢を演技しているだけだ。あの会場に厚労省や経団連の諜報員が潜入していたら、この野党幹部の体たらくでは派遣法改正など到底無理だということを感じ取り、大いに安心して報告したことだろう。連休後に野党案が纏まって出るかどうかはわからない。むしろポスト小沢と衆院解散の政局に永田町とマスコミの関心が集まり、その頃は派遣法どころの騒ぎではなくなっているだろう。(登録型派遣禁止の)野党案を本当に世に問う気があったのなら、それは2月中に纏めて発表するべきだった。昨夜の湯浅誠の話も精気がなかった。何となく、こうした集会に馴れて、マンネリズムを感じているように見えた。カリスマが周囲にマンネリ感を察知されるようになったら終わりだが、昨夜の湯浅誠には残念ながら気迫や緊張感がなく、4/8-9の「春の派遣村行動」の報告を流しただけで終わった。客寄せの「顔」としてだけの役目だった。私が湯浅誠なら、野党の連中の体たらくを見て危機感に燃え、怒りで煮えたぎって体を震わせたと思うが、湯浅誠は何も感じている様子がなかった。

派遣法抜本改正_7有名人仲間として、菅直人や福島瑞穂とすっかりお友達の関係になり、政治屋稼業のルーティン商売の実体を見馴れ、違和感を感じなくなって不感症になってしまったのだろうか。そうであるとすれば、3/28に私が求めたマニフェストや選挙の争点への積極関与に対して気のない返事を返した理由も納得できる。湯浅誠にとって、昨夜の集会は「定例のお仕事」の出演だったのだ。情熱も覇気も感じない話だった。派遣村オールスターズは昨夜は一同に会していた。関根秀一郎も来ていた。例によって、オープニングの前に独特のデモンストレーションをする。河添誠も会場席に座っていた。ガテン系連帯の小谷野毅も、前回同様に本番1時間前から会場設営の事務局作業をやっていた。鴨桃代は受付をやっていた。この人は感じがいい。見るたびに素敵で魅力を増してゆく。この人は、きっと全国の中高年女性から圧倒的な支持を受ける存在になるだろう。オールスターズは揃い踏みで、1/15の集会と何も変わらなかったが、決定的な何かが全く違っていた。カリスマというものは絶対にマンネリ化してはいけない。常に興奮と感動のエネルギーを人に与える存在でなくてはならない。一期一会的でなくてはいけない。指導者の講演は常に衝撃的なアジテーションでなくてはいけない。辺見庸のようでなくてはいけない。キング牧師的でなくてはいけない。語り草になるものでなくてはいけない。聴衆を恍惚とさせなくてはいけない。聴きに集まった者の期待を裏切ってはいけない。

派遣法抜本改正_8企画の話に戻って、私から提案をするならば、壇の左側に派遣村オールスターズを並べ、湯浅誠、河添誠、関根秀一郎、小谷野毅、鴨桃代が並び、棗一郎が司会をして、壇の右側に座る野党幹部(菅直人・福島瑞穂・共産党)の面々と激烈な生討論をさせればよかった。派遣村や反貧困の集会では、常にナショナルセンター3団体が責め上げられ、ナショセンの幹部が平身低頭する図ができるのに、なぜ彼らは野党(菅直人・福島瑞穂・共産党)を批判しないのか。野党の幹部には図々しいアリバイ演説をさせ、人をバカにした遅刻と早退の慣行を許すのか。「派遣法抜本改正」と事務局が言っても、その事務局が、本気で抜本改正の政治に動こうとしない野党を追及せず、賓客扱いして逆に平身低頭しているから、事務局の言う「派遣法抜本改正」がルーチンワークとなり、マンネリトークになるのである。必要なのは野党(政党)に対する真摯な批判と直言ではないのか。今回は、私は小池晃を捕まえて質問を試みたが、前回の福島瑞穂以上に一般市民をバカにした対応と回答が返ってきて、その思い上がった態度に唖然とさせられ、始終をブログで報告する気にもなれない。あのとき(1/15)、二言三言は真面目に人の話を聞こうとした福島瑞穂がまともに見える。政党の幹部になり、テレビで顔の売れた有名人になると、国民代表と言いながら、人はこれほども傲慢で尊大な人格になるものか。このテーマの集会は、今後も何回か続き、同じ顔ぶれが勢揃いするのだろうが、私は次回は行く気を失った。本気だと信じられる人間がいない。

私は集客の頭数の一人になる「常連左翼」の活動家ではなく、マチエールな感動がなければ集会に行く意味がないからだ。

派遣法抜本改正_z


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コメント

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うーん反論です

久しぶりに書き込みをさせていただきます。
有料化された後も1日にも忘れずに読ませていただいております。ただ私はクレジットカードを持っておりませんので、無料部分しか読んでおりませんが…
以前、私は「今の政治状況では民主党を応援するしかない」と書き込みをしたことがありました。それに対してブログ主様はそれに対してそのような考え方ではいけない。今の政治状況を覆すためには一人一人ができることを考え、行動しなければならないという趣旨の内容を発信されました。私のつたない書き込みに応え、長文を掲載していただいたことに感動するとともに大変恐縮しました。
しかし、同時に思ったことはいったい何ができるのだろう。消し飛ばされるだけではないかという思いも頭の中をよぎっていました。実際、あの頃はあることで敗北し、その傷が全然いやされていない時期でした。今もまだ復調していません。しかしまだあきらめてはいません。もう少し元気になれば一歩踏み出すつもりでいます。
そんな折、ブログ主様は「私は次回は行く気を失った。本気だと信じられる人間がいない」と述べました。
集会の様子は全くわかりませんが、湯浅氏を含めて本気でないと感じられたとしたら、もはや救いは遠のきます。「彼ら」は本当に変節したのでしょうか?それは違うと信じたいです。
彼らの取り組みは無視できないものになり、様々なアプローチがあって、それがための影響が出たというのは予想できます。
私も以前、湯浅氏と猪瀬の対談を視たとき、強い違和感を感じたことを思い出しました。
彼らが野党首脳達に遠慮する姿勢はこれと共通するのではないかと想像します。
しかし、彼らに絶望することは克服の道を遠ざけることではないでしょうか?
ブログ主様にお願いしたいのは、このような集会に参加し、個々で語られているような理路整然で強い説得力のある主張を行っていただければ…それが以前ブログ主様が主著婦されていたことだと思うのですが・、言い過ぎでしょうか?言い過ぎであればお許しください。

時折全文掲載があってとてもうれしく思います。今後も無料購読者向けの発信をたまには行っていただければ大変うれしく思います。
最後は厚かましいお願いをさせていただきました。


政治屋稼業

「どんな困難な状況にあっても、断じて否!、と言える政治家」を確保するため職業政治家の制度化は必要、みたいなことをヴェーバーが言ってました。

が、わが国の職業政治家の多くは、喰うため、或いは虚栄心を満たすため、つまり自分のために議員をやっているように見えます。

もしそうなら、ひどい皮肉です。

宮澤賢治と司馬遼太郎を思い出しながらの山旅でした

全く違う二人の文学者なのに、どうしてかついつい連想してしまうのが宮澤賢治と司馬遼太郎です。この両者に共通するのは現実への怒りと、未来はどうあるべきなのかという問題意識だったのではと思う。それと子供たちの教科書で教えるべき作品という点でも。その他には、漱石、子規、安吾の歴史物と・・古典だけでいいのではとも思う。有害無益な存在の文部省が諸悪の根源なのかもしれない。テクニックのみの大学入試や多様化を否定する教科書検定等がこの国をゆがめ続けてきたのではとも。

    廃屋にて

風の吹くまま
今年最後の桜に会うために
車で出かけた

花びらの道を横切り
花びらの川を渡り
山道は もうすっかり
菫と山吹のトンネル

見上げる空を
真っ二つにしてゆく飛行機雲が
包帯みたいに
するすると解けてゆくその時まで
廃屋の傍らに寝転べば
身体も こころのあちこちも
傷だらけ 痛みだらけ

背後の森の奥からは
光る眼のなにかが
じっとこっちを見ている

それを見上げるぼくの顔に
ぱらぱらと落ちてくるのは
杉の花粉だろうか
それとも
過去からの漂流物の残骸だろうか

梢を風が吹きすぎていった後からは
ぎしぎしと
ただ一本だけ揺れ止まない
杉の木とぼく

あらゆる痛みには
もう慣れっこだけど
痛みの原点は いよいよ
この空の青よりも深く
その廃屋の窓よりも歪んだ拘束衣

遠く鳴いているのは
ぼくの喪神を悼む
名も知らぬ春の小鳥
あたりは もうすっかり
賢治が愛した
シロツメクサの草原の夕の輝き

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