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紙切れの災害救助法、災害行政を差配するNHK報道、ネットの無力

東北大震災_6_1宮城県や岩手県の知事が何で報道に出て来ないのだろうと不審に思っていたが、その理由の一つかと推測される法律の所在があった。災害救助法という行政法がある。そこには次の条文規定がある。第22条、「都道府県知事は、救助の万全を期するため、(略)強力な救助組織の確立並びに労務、施設、設備、物資及び資金の整備に努めなければならない」。第23条、「救助の種類は、次のとおりとする。1.収容施設の供与、2.炊出しその他による食品の給与及び飲料水の供給、3.被服、寝具その他生活必需品の給与又は貸与、4.医療及び助産、5.災害にかかった者の救出、(略)」。一読して明かなとおり、災害救助の責任者は県知事であり、知事には上の1-5を遂行する法律上の義務と責任がある。果たして、東北3県の3知事の一週間の行動は、この法律に照らして適切で妥当だったのか。テレビが知事を放送に出さないのは、災害救助法の義務違反という法的責任の問題が浮上するからだろう。私はそう疑っている。厚労相も、災害発生より一度も会見がテレビ報道に出ない。この法律の第31条には、「厚生労働大臣は、都道府県知事が行う救助につき、他の都道府県知事に対して、応援をなすべきことを指示することができる」とある。現在まで、細川律夫が石原慎太郎に対して、都から被災地に「県境なき医師団」を派遣要請したというニュースを聞かないが、第31条は義務ではないから無視してよいということか。  

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東北大震災_6_z
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報道の内容は命に関わる。

NHKの報道内容が一昨日と全く違うので不信に思っていました。「被災地での助け合い」がいつの間にか雰囲気になっていて「助けないとやっていけない状況」というようには語られていません。県知事さんのテレビでの声を聞きにくかったのも、現状を伝えられると困る政府のせいではないのだろうか。10日経っても未だに水や食料のない人々の生活は2-3分で流され、明るく励まされて「頑張っている』被災者の姿ばかりが映し出される。これでは家族や村や町や家や船や田畑を失われた被災地の方の気持ちは伝わらない。

判断力

一般のヘリコプターは、法律があってヘリコプターから救済のための食料や医薬品を投降できないという。そんな馬鹿なことはない。こんなときにこそ、菅さんは、谷垣さんやほかの党首に電話で、特別に了解をとって行動を起こすべきだ。みえみえの自分の延命のためではなく、何が必要かを判断した行動が、結果として、国民に支持される。一刻も早く、その判断のできる政治家がリーダーシップをとってほしい。

千年に一度の

>NHKなどテレビの報道は、完全に国と県の官僚の論理での説明であり、被災者や避難所で、最弱者の命を繋ぐべく命懸けで尽力している者の目線に立っていない。国や県にとって面倒な作業を回避するため、「現地が混乱するから」の理由をこじつけている。
>NHKの画面に登場する専門家は、どれもこれも政府の代弁者ばかりで、行政の無策と不作為を隠蔽し合理化する不愉快な者たちばかりだ。

原発事故を伝えるマスメディアを見ていますと、「無用な危機をあおるような方向での報道は極力自粛すべし」という報道管制がしかれている匂いがぷんぷんしてくる印象。「自粛の要請」だから管制ではない、という言い逃れも想像できます。
ここで言う無用な危機とは、国や県にとって面倒な作業をこれ以上増やすような危機という意味でしょう。

国民の国民による、ただし「菅と官」のための政治。
ちなみに2009年の正月、連合の新年会で当時の民主党代表の小沢さんは、「今年は、国民の国民による国民のための政治を実現する年にする」と決意を新たに述べ、「国民の生活が第一。」の政治を実現し、国民の意思によって民主主義を作り上げることを参加者全員に呼びかけた、そうです
http://www.dpj.or.jp/news/?num=14898

昨晩、放水作業を終えた東京消防庁の隊長の記者会見を見ました。
一番の印象は、本当に命がけの人は顔が違うという事。
間違って総理になってしまった誰かさんとは、全く顔が違う。
「男の顔は履歴書」(大宅壮一)。

内田樹さんや佐藤優さんは、「ここはマイナスの発言を控えて挙国一致を」と訴えてらっしゃるようです。
一理ありますが、一理だけです。一般論だから。したがって、あとの、たとえば九十九里には無効。
千年に一度の危機なら千年に一度の、少なくとも現時点で最高の、指導者が出なければ我々の魂がおさまりませんので。

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No title

盛岡在住です。県内では、達曾知事がフル稼働中なのがわかります。東京では報道がないでしょうけれど。岩手はとにかく広くて、盛岡から被災地へ三時間以上かかって、ガソリン不足では厳しいものがありましたが、仮設住宅も急ピッチでできています。政府が会議をしてる間に、岩手はどんどん復興してみせますよ。

No title

書き忘れました。県庁の方達は、ほとんどテレビを見ないで担当部署についている情報弱者になっています。テレビ局は、放送しっぱなしじゃなく、「あの地区が孤立してる」と直接 県に伝えればよかった。数日してから気づきました。

マスコミの報道

今回の震災に関するマスコミの報道を見聞して、戦前、戦中の新聞やラジオの報道を想起させられました。我が家はテレビが無いので、もっぱらラジオ(地方なのでNHK)が主ですが、朝から晩まで「義援金送ります(集めました)」「暖房我慢して節電してます」「被災者の方々に比べれば停電や燃料不足なんて大した事無い」「義援金をもっと集めます」「ボランティアに参加します」など。戦前、戦中にマスコミが煽った「鬼畜米英」「一人一殺」「特攻」「神風」「欲しがりません、勝つまでは」などのスローガンとダブってみえます。
確かに罹災者の方の心労と心の痛み、悲しみを思うとNHKの報道に異を唱える気はしませんが、この民衆の心理に巧みにつけ込んだ報道を見聞きする度に、被災者を踏みにじるような報道姿勢にやり場の無い怒りと無力感を感じます。戦前、戦中の新聞には、少し髪の毛が長い男の子を捕まえて、バリカンで丸坊主にする散髪屋が「愛国散発屋」として、あの朝日新聞の紙面を飾ったそうです。
罹災した方々への支援は、個人や民間の支援を否定する気はありませんが、もっと国がいろいろ面で支援すべきと思います。そのための税金です。国は国民に対して、国民の生命と生活と財産も守る「義務」があるのです。NHKを始めとするマスコミの煽動にはめられてはいけ無いと思います。

NHKよ,共感的な報道を!

 三たび仙台から。
 日本各地の皆さんは、このところ毎日、東北人をご覧になっているでしょう。海辺の小さな漁村に住む赤銅色のしわだらけの男性の顔。白髪を染めることもなく髪をひっつめて結い、薄汚れたエプロンや帽子を身に付け寒さをしのぐことだけのために安く作られた上着を着る女性の姿。腰を曲げ、ひざまでも変形するほど肉体労働で働き続けた人々の表情。この、なまりがきつくややもすると何を話しているかよく分からない言葉を使う人々が、そのために長く侮べつ的な扱いを受けることがあった人々が、私たちの同郷人です。
 ブログ上の写真はいつも秀逸ですが、今回の写真は私たちの同郷人の苦しみをよくとらえてくれていて共感的であり、悲しくもうれしいです。テレビ報道の目はいつも冷たく他人事で、やはり単なるネタでしかないのを感じます。私たちは、ネタにされるのを希望してはいません。
 先日、9日目にして奇跡的に救助された16歳少年とおばあさんの話題がネタになりました。二人が助かったのはとてもうれしいことですが、そのこと一つで被災の酷さが相殺されるものではありません。テレビ報道は少年の病室までおしかけて取材し、救出劇を何かの明るい兆しのように祭り上げていますが、真実はそこには1パーセントほどしかなく、全く明るくはありません。伝えられていない悲劇が山のようにあるはずです。
 この意味で、21日クローズアップ現代は国谷キャスターの人間性が分かる秀作だったと思います。NHKの中で国谷キャスターのクロ現はブランドです。彼女の言葉は、どこまでかは分かりませんが共感的で、ゲストの発言も慎重です。番組中で70代の老人が自分の娘を遺体安置所で探す姿は、被災地では非日常的な日常になりました。せめて遺体を、せめて冷たい水中に置き去りにしたくない、これが日常であってはならないのに、これが悪夢のような日常のすがたになっています。ここをえぐらなければ、人の痛みを伝えることをしなければ、NHKの存在価値はないと思うのです。同郷人たちは、NHKは真実を伝えてくれていると無邪気に考えるぼくとつな人々です。信頼を裏切らず、被災者にぴったり寄り添った報道が必要です。
 ネットに大きな可能性を見た昨今でしたが、ブログ主様の仰有るように、ネットには期待できないのでしょうか。ツイッター上でも震災は東日本での出来事で、話題性としては原発問題より劣る扱いなのはよく分かります。
 2011.3.11から始まった悲劇。私の同郷人たちはどこまで悲しい思いをすればよいのでしょうか。

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