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方法としての『一九八四年』 - 全体主義国家のメタファーと心象風景

方法としての「一九八四年」_1今年の私のブログ活動の中で最も大きな成果は、オーウェルの『一九八四年』の発見である。この政治学的な発見と問題提起については、我ながら満足を覚え、一年の締めくくりにそう報告することができる。政治学者ならば、日本の今の現実についてオーウェルの比喩で説明し、人々に恐怖の覚醒を促さなくてはいけない。オーウェルの『一九八四年』を2010年の日本の姿を予言した書として紹介し、オーウェルの世界がわれわれの日常である真実を浮き上がらせ、それを説得することを日本の知識人はしなくてはならない。この知見は、現実を分析する上での一つの有効な政治学的方法の発見であると言えよう。レントゲン撮影による身体の透視が、自覚なき患部の異常を視覚的に証示するように、このメタファーの方法的適用はわれわれに現実の真相を図解して検知させるものだ。オーウェルの『一九八四年』が、われわれに現代日本の社会の概念と類型を教える。そう確信する。欲を言えば、私はこれを論文にして発表したいけれど、ブログの記事の形式でも意味を伝えるには十分だろう。オーウェルの『一九八四年』は、全体主義について書かれた書である。われわれは、今、全体主義の入口に立っている。そして、レントゲン写真は癌の初期段階を示している。過去の業績において、全体主義論でこの国の現実を分析した理論として藤田省三があるが、2010年をオーウェルの比喩で透視する方法は、藤田省三以上の説得力になるだろう。  

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日本の現実としての1984年

 昨日の記事「司馬遼太郎の最後の言葉」とからめてコメントします。

>しかし、それは戦前も同じだった。日本人は自分の力で政治を変えることができず、無条件降伏して国を滅ぼして初めて発狂状態から目を覚ました。今度は、破滅した後に立ち直るということがないように思う。しかし、それは戦前も同じだった。日本人は自分の力で政治を変えることができず、無条件降伏して国を滅ぼして初めて発狂状態から目を覚ました。今度は、破滅した後に立ち直るということがないように思う。

 まさに落ちるところまで落ちてはじめて気づくという、日本人の習性をよく表現されています。あるいはあの太平洋戦争については、異常性を気づいているひとが多くいたはずなのに、軍国主義という狂信的な宗教に強力に飲み込まれ、幸徳秋水のような倫理をもった反対者を血祭りに上げ、全体主義を完璧にしていきました。
当方ブログ、サンタの話 http://nyckingyo.exblog.jp/12531788/ でも、ヒトラーが社会主義とキリスト教をあわせた党を作った、という冗談のような話を書きましたが、全体主義をいう大きな衣につつまれると、社会主義も宗教も、弱者を救うどころか、まったく倫理感をもてない人間集団を作りだすのだと思います。

 現代の日本がそういった倫理感をもてない人間のあふれた、全体主義の方向に進んでいることは、昨日と今日のこのブログ記事に表されているので、これ以上のコメントは控えますが、その傾向が巷にあふれ出したのはいつごろからか、ということについては、少し異論があります。

 以前の「世に倦む日日」の記事のなか、1984年頃は日本に住んでいていい時代だった、という記述がありましたが、当時すでに北カリフォルニアに移住していた僕や、海外から日本を観ているひとには、当時の日本に空前の好景気がはじまったことを素直に喜べませんでした。国内では真摯に過酷に働く労働者の力で好景気を勝ち取った、という雰囲気があったようで、それはもちろんいいことだと思うのですが、われわれのむかしからの仲間たちとは、まさにその年、いよいよオーウェルの「1984年」が具現化しはじめている、と危惧していました。80年代後半からは、相手のほっぺたを札ビラで叩くような不遜な日本人が横行し、かれらを中心にまさにこころのなかの倫理を消し去ることが正義だというような理不尽な雰囲気が蔓延していたように思います。

 やがてバブルがはじけ、過酷な経験で少し気づいた日本人は、倫理を取り戻そうとする者も現われますが、悪行のたたりは尋常ではすまない。96年の司馬遼太郎の最後の言葉は、こんな状況で発せられたと思います。

 村上春樹の「1Q84」は、もちろんオーウェルの小説にインスパイアされたものだと思いますが、日本の現実としての1984年をすべての元凶とみて、もしこの年にどこかで別の現実世界に移動していたら、もう少しましな世界になっていたのではないかという、ひとつの提案小説として優れたものだと思います。未読の読者のためにふたつの小説の結末は言いませんが、比較すると好対照です。オーウェルの天才性に異論はありませんが、ペシミステックになりすぎても、判断を誤って倫理を喪失することもある、という意味で、村上春樹のことしの新作を強烈に(あるいはオーウェルよりも)支持するものです。 金魚

No title

これほど明晰で論理的な思考を展開する「世に倦む日日」氏が,なぜ小沢一郎を持ち上げ支持し続けるのか,その大きなギャップに困惑を覚えます。

小沢氏の「疑惑」や政局話には私はまったく興味がない,しかし彼が政治家として今まで何をしてきたか,には関心があります。

細川政権による小選挙区制度導入,自自公連立政権によるガイドライン法,通信傍受法,国旗国歌法の成立,そのすべてに与党の中心人物として小沢氏は関与してきたのではなかったか?
その意味で彼こそまさに「『一九八四年』的世界」を準備し招きよせたと言っても過言ではありません。

政治家を判断・評価するには,今何を主張しているかよりもむしろ今まで何をしてきたかで評価すべきではないでしょうか?


No title

>日本はこれから、『一九八四年』的世界にさらに近づくということである。今後、貧困が厳しくなりつつ、治安と戦争の時代が全面化するだろう。

この予見は、遠からず現実のものになることでしょう。
昨日、中部以西で放映されている、唾棄すべき番組に、右翼の星たる田母神俊雄閣下が出演しておられ、

◆空母及び戦闘機を国内で開発

◆武器輸出の解禁、非核三原則の廃止

◆自衛隊による言論統制を中止

なんて自論をまくし立てておりまして、気分が悪くなり慌ててTVを消しました。
かねてから右寄りの番組だとは思っていましたが、これほどの極論はありませんでした。
昨今のマスコミは、極めて好戦的なムードが高まっていることに誰も疑問を呈していないどころか、そういう風向きを礼讃しています。
歯噛みしながら眺めるしかないのでしょうか。。。
やるせなさでいっぱいです。

1984についてですが、面白いのはウィンストンははじめ、ジュリアを思考警察と勘違いして、殺してやりたいくらいに嫌悪した女性だったのに、彼女からの「I love you」のメモ一つで全く変わってしまいました。
ディストピアな世界ゆえかもしれませんが、男とはかくも単純なものかと驚きました。
1984の些細な安堵(Love)の描写が素晴らしいのは、体制に対する背徳、すべきではない罪を犯かす甘美な誘惑が匂うからなのでしょう。

>村上春樹の『1Q84』は安っぽいポルノに見える。

庶民の愛はそんなもんです。
それが普通であり、常態であり、幸福なのだとのメッセージではないでしょうか。

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