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ジョン・レノン30回忌の欺瞞と孤独 - 誰も反戦と平和を言う者がない

ジョン・レノン30回忌_1今日はジョン・レノンの30回目の命日。あれからもう30年も時間が経った。ネットでは微かにアニバーサリーの情報が見えるが、マスコミや業界は冷淡と言えるほど扱いが靜かで、ジョンに関心と尊敬を寄せる層が高齢化している現実を窺い知る。おそらく、ジョンの30回忌に何かを企画して世に問うべき者たちが、業界の第一線から引退を始めているのだ。若い世代はジョンやビートルズをよく知らず、当時の時代の空気を肌身で感じて育っていない。精神のカーネルの中にジョンの要素がない。ジョンの思想的影響という点からすれば、あくまで一般的にだが、若い世代はそこから自由と言うか、もっと言えば、ジョンの思想性については、自分とは無縁で異質なものとして、対立的な対象として、遠い過去のものとして捉えているだろう。「左翼」という否定的な観念と表象が被せられて、嫌忌的な存在として意識しているかもしれない。本当に、世界はジョンの理想や思惟からは遠い地上となった。ジョンの思いや願いが人の心に届かず、人の心に共有されない現世になった。世界は通信と情報のテクノロジーで繋がり、とても小さな界隈として一つに縮まったにもかかわらず、人と人の心が通い合わない空間になっている。金儲けと弱肉強食の論理だけが支配する、「グローバリズム」のプロトコルで人と人が関係する無機的な世界になっている。それは、ジョンの意志や希望とは敵対的なものなのだ。愛のない世界だ。  

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ジョンの魂

 はじめて僕のジョンのコメントを紹介していただいて、もはや5年になりました。以来、一貫して Power to the People の力強いメッセージをつづけていただいて、一読者としてまことに感謝に堪えません。

>何より悲しいのは、反戦とか平和とかを記事のタイトルにして論じると、途端にブログのアクセスが激減することである。……

そうなのでしょうか。日々の政局記事を書きつづけられていても、決してその文章を排泄的だとは思いませんし、日々の(夜店)記事が、世に倦む日日氏の力強い反戦と平和(本店)の意識にいつも繋がっているから、みんなが読みつづけているのではないのでしょうか。
日々尋ねてくる読者たちは、あなたの反戦と平和論を聴きたくて、夜店と本店の両方の店が開くのを待っているのです。

 漠然と考えていたら、当地はもはや朝方になってしまいました。明日はセントラルパークに出かけて、みんなとジョンの歌を合唱してきます。新しい情報があればもう一度メッセージを入れます。おやすみなさい。 金魚

同感

ニッカン現代的な記事よりもこのような記事があるから購読をやめられない。いい記事でした。

No title

いつも、感動を持って拝読しています。

本日(12月8日)が、反戦歌手ジョン・レノンの30回目の命日であること、それに因んでのブログ主さまの論述に、心から感動しております。

それとは別に、1930年生れ、戦争中は軍国少年だった私にとって、12月8日は『太平洋戦争の始まった日』として、生涯忘れることができません。
1941年12月8日、真珠湾攻撃で始まった太平洋戦争ですが、以後、毎月8日は昭和天皇の開戦を告げる『大詔奉戴日』として、学校でも町内会でも、一か所にに集まって、指導者の読み上げる詔勅を直立不動、頭を下げて聞かされたものです。

当時、小学5年生だった私にとって、戦争開始の12月8日が、いかに悲惨な敗戦にいたったものか……。ブログ主さまの論述される【反戦歌手ジョン・レノンの命日】と重なっていることに、感無量な思いをしています。

反戦と平和

最後の節の「反戦とか平和とかを記事のタイトルにして論じると、途端にブログのアクセスが激減する」という記述に驚きました。まさか?という感じです。

「反戦」や「平和」は人の心の深部にある基本だと思います。非常に静かで穏やかな理性的観念。

菅がどうとか、小沢がどうとかの表層的景観も、このような基本に基づいて出現しているものと思いますが、感情に働きかける刺激が強く長く継続することで、人は基本にあるものを見失うのでしょうか。我が身を振り返りつつもそのような気がします。そして表面的により刺激が強く興奮するものを求める?

時に立ち止まって振り返り、来た道を確認しなければ軌道修正することができませんね。外部から内部、また内部から外部への生き生きとした還流が必要なのでしょうね。

時には必要な暴力もある、ということを私は信じません。すべての暴力は悪であると思っています。

ストロベリー・レポート 2010

 12月8日のマンハッタンは、いい天気でしたが、例年よりもさらに冷え込み、完全防寒でセントラルパークに出かけました。ことしはジョンの30回忌ということで、ストロベリーフィールズの狭い敷地のまわりは、TV局とポリスの車輛で埋まり、広場に入るとすでにほとんど身動きの取れないほどの人出でした。むろんビートルズ・ジェネレーションがまだまだ主流ですが、例年よりもさらに若い人のすがたが目立ち、毎年世代交代していることが感じられました。何より若い人の意識が、平和の方向に向いて動いていないことが力強いかぎりです。ふだん満員の地下鉄で、あんなに身体をふれあうことをいやがっているニューヨーカーが、押しくらまんじゅう状態になり、大声でジョンのナンバーを歌っています。この寒空を押して、わざわざここに集まった平和の同士たちに、おたがいが暗黙の信頼感を持って「接している」ということで、それだけでよけいにうれしくなってきます。Power to the People を歌っていたときでしたか、「平和」というのは、こうした「連帯」からはじまる、ということに今更ながらに気づき直して、 不覚にも涙ぐんでしまいました。ジョンというメデイアを通じて「平和の実感を知る」というこの作業に、これからも年2回(誕生日と命日)参加したいと思っています。月並みになりましたが今年のレポートでした。
Love & Peace! 金魚

ジョン30回忌に寄せて

 いつも拝読して、知識としてもメッセージとしても大きな糧を頂いています。今回は大いなるジョンの30回忌ということで、初めてコメントさせていただきます。

 少し前、聴きに言った講演会で、「解体ユーゴスラビア 」で知られる詩人の山崎佳代子さんが「今の戦争に反対することは、ベトナム戦争のときよりも難しい」とおっしゃっていました。それはマスメディアの報道がひどく信用ならないものになってしまった事とともに、人々の心のありようも当時とは大きく変わってしまったということでしょうか。
 60年代から70年代にかけて、反戦・平和への希求が若者の常識的価値として大事に扱われていた時代に、ビートルズをはじめとして若者の歌が大きな力を持っていたのは、単なる偶然ではないと思います。日本でも例えば、赤い鳥とオフコース、チューリップがアマチュアコンテストに同時に出場していたような奇跡的な偶然を起こさせるくらいに、若者たちの豊かな文化的土壌のあった時代。

 昨年は、忌野清志朗さん(イマジンに凄みがありましたね)、加藤和彦さんが亡くなり、個人の死という以上の、消えつつある文化の大きな砦を一挙に崩されたような寒い思いを抱きました。あのときもブログ主さんが「嘘はやめろよ」と書いていらっしゃるような、一見もっともらしいけど、日ごろの言動からはどう見ても空々しさを隠せない追悼的コメントを、いろいろな立場の人がもっともらしく口にするのをテレビで数多く見かけました。言葉がすごく軽くなっている。
 30回忌、今のような社会状況で、ジョンの存在と早すぎた死の持つ意味は大きくなる一方なのに、マスメディアにそのような感覚はないのか、例えばBeatlesのリマスター盤やボックスセットの発売時のような大騒ぎはしないですね(笑)。
 音楽も音楽家もこのままずるずると単なる消費財へと貶められていくのでしょうか。

 追伸  投稿にあたってNY金魚さんの「ストロベリー・レポート 2010」を読み、何か心強く感じました。日本でも広くレポートされていないだけで、こういうムーブメントが実は根強く行われていたらよいですね。

Power to the People

 上のコメントの「武道家になりたいさん」に褒められたので調子にのって、写真と詩をつけて「ストロベリー・レポート 2010」を、当方ブログにアップしました。http://nyckingyo.exblog.jp/12473632/ ご高覧ください。

今回のセントラルパークは、人出がすごかったのと、手がかじかんで、まともな写真が撮れませんでした。いいものが撮れれば、世に倦む日日氏に送ろうと思っていたのですが、残念。
しかしながら多くの若者たちのあふれかえる熱気に、極寒も忘れて歌いつづけ、とても大きなエネジーをもらいました。このジョンの平和イマジンの運動が、「若者を中心に」世界に広がることを切に願います。 金魚

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世に倦む日日

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