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寺島実郎の「市民参加」の詭弁 - ポピュリズムとリバタリアニズムの季節

寺島実郎の詭弁_1昨日(10/10)、TBSのサンデーモーニングで、「市民参加」の問題が取り上げられていた。司法における検察審査会や裁判員制度、自治体行政における議会解散や市長リコールなどであり、最近のニュースの中で妙に比重が大きくなったこれらの動きについて、どう着目して判断するかという議論である。寺島実郎と岸井成格を筆頭に、番組ゲストの論者たちは口を揃えて歓迎と賛同の意を表明していた。これは時代の新しい流れだと断言、市民感覚が司法と行政の場に持ち込まれる積極的意義を強調し、寺島実郎などは、日本人も米国人並みにNPOに参加して活動しろと説教を垂れていた。もし、検察審査会が不起訴の議決を出していたら、おそらく岸井成格は正反対の主張を言い、素人に司法判断を委ねていいのかと批判していただろう。例によって番組は「街の声」の映像を出し、「市民参加」を支持し肯定する街頭世論で埋め、岸井成格の発言を「正論」にして聞かしめる演出に怠りがなかった。テレビによる悪質な世論操作である。この「市民参加」の欺瞞と暴走に対して、知識人であれば、ポピュリズムの言葉を使って批判しなければならないはずで、この国の衆愚政治の病弊と惨状を衝く言論こそを発しなければならないはずだが、テレビ出演してギャラを稼ぎ、商売のプロモーションに勤しんでいる者は、そうした危機感を持って「市民参加」を見ることはないのである。  

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そのひと、知識人?

>寺島実郎のNPO論からの付会と正当化が支離滅裂なのは、そもそも検察審査会が司法権力の中の一機関であり、すなわち国家機関であって、一般市民が自主的に創設した機構ではない点がある。寺島実郎は、その前提を見落としているか、意図的に隠して議論している。

きわめて重要なご指摘と思います。
そう考えると、国家が小沢さんを処分したのが今回の件の本質かもと思えてきます。
裁判員制度の導入も検察審査会の権限強化も、個人的には賛成した覚えがまったく無いのにいつのまにか制度化されてしまいました(裁判員制度については「国民の義務だか負荷だかを強化するもの」という趣旨のことを佐藤優さんがどこかで書いていました)。

それから岸井さんとかの、世俗的には「まだ偉い」ジャーナリストの面々がそろって反小沢というのは、そろってるんですから偶然ではないでしょう。
大新聞、いずれも総選挙前後には政権交代を歓迎してました。
新聞が売れるし、マスコミ=反権力という往年の図式もありましたが、なにより面白そうだったから。
が、政治の枠組みというかパラダイムが変わると「偉い」自分たちが損をする事に気づいた。
「偉い」自分たちが偉かったのは「古い歌」に習熟してたからです。
パラダイムが変われば「新しい歌」を覚えなければなりません。
たとえば立花隆さん、田中批判で世に出てから現代の政治家の評論については金権一本でほとんどきた人です。
自民党が下野するまでは有効でしたが、政権交代が実現できた今では、政治の本当の障害は個々の金権政治家でなく、明治以来の行政の官僚を守る制度自体であることが判ってきた時代になりました。
ここで次の頂を目指す気力の無いジャーナリストの皆さんはさよならでいいと思います。

あと、岩波知識人ですがまず、寺島さん。
「構想力が、いま求められている」としきりに言いますが、著書を一冊わざわざ買って読みましたが(タイトル失念)。
「で、どうすりゃ、いいのよ?」という問いに答えていない本でした。様子ぶっているだけの人が、なんで天下の「世界」に連載もってるんでしょ。
金子先生。
マクロの理論に弱い印象があるんで、そのぶん説得力も減衰。
山口先生。
岩波新書を読むと政権交代の理屈については英国の例なんかも知っていて参考になりますが、政権交代後の新政権の政策の当為についての基準がないみたいですので、そこまでの人。

ちなみに「世界」11月号に辻井喬さんと篠原一さんが寄稿してますので僭越ですが勝手に講評。
辻井さんですが、メディアを評して、
「小沢さんについて、メディアが叩き過ぎたという印象を私はもっています」
「かつて、あれほど新自由主義的なものを煽っておきながら、それがうまくいかなくなっても、何の反省も検証もなされない」と述べています。
バランスがいいというか、判っている人だな、という感じ。
篠原先生。
「小沢さんが表に出てきて、自分の主張を表明したことはとてもよいことで、彼がアイディアリストなのかどうかはわからないけれども、リアリストに対して忠告を与える役割を果たすのであれば非常によいことだと思う」とおっしゃってます。
政治の世界は、そういうことが期待できないところだと思います。

「そのひと、知識人?」と聞かれたときに、ちょっとためらう人が結構多いです。長文多謝。

ティーパーティー雑感

 不景気になると社会が右傾化することは何度も経験して来ましたが、今回の 日本・アメリカを含む先進国民の認識は、いままでの低開発国の多極化という局面があり、言わば底のない不況という恐怖感を伴っていると思います。僕のまわりのひとたちも、僕ほど貧困ではないにしろ、中流と呼ぶにはほど遠い方たちが、保守派に転向してしまった例が見受けられます。「オバマの政策じゃアメリカは衰退の一途」という焦りの感情を表明するひとが多い。

 ティー・パーティーは白人中間層保守派のいまのところ流動的な運動ですが、それゆえに不気味なイメージは拭えません。アリゾナでは不法移民を自分たちの職を奪うものたちとして排除しようとしていますが、しょせん不法移民の低賃金労働を白人たちが肩代わりできるわけもない。
いわばいままでのさまざまなかたちの既得権が消えていき、その喪失者(と思っているだけの者を含めて)が、ひどく焦って右傾化している。アメリカのように明確な差別意識の見えない日本でも、同様のことが市民の精神内部に起こり、今日の記事のテーマである「衆愚政治」に繋がっているような気がします。

 最近ハマっている、戦前に書かれた岡倉天心の「茶の本」にも、この運動の名称のきっかけになった18世紀の「ボストン茶会事件」が記述されています。「(前略)現代の歴史において『茶』がいかに重要な役を務めているかを思い出す。アメリカ植民地は(イギリスの)圧迫を甘んじて受けていたが、ついに、茶の重税に堪えかねて人間の忍耐力も尽きてしまった。アメリカの独立は、ボストン港に茶箱を投じたことに始まる。」

天心だけでなく、皆がボストンの茶会事件のことはアメリカの革命=独立戦争のきっかけ、として好意的に捉えています。この勝手のアメリカ人の勇ましい行為を名前だけで象徴させて、まったく歴史の逆行的な行為に動いているのが、現代の「ティーパーティー運動」です。

 欧米人に茶の歴史を説くこの項の終わりに天心は、「まあ、茶でもひとくちすすろうではないか。明るい午後の日は竹林にはえ、泉水はうれしげな音をたて、松籟(しょうらい)はわが茶釜に聞こえている。はかないことを夢に見て、美しい取りとめのないことをあれやこれや考えようではないか」と結んでいます。まったくそのとおり、心に余裕がないと名案は決して浮かびません。

 
 当方ブログで、天心の「茶の本」を含めて、不景気の話題から、ユダヤ教の「仮庵の祭り」をテーマに書いています。ご笑覧ください。  http://nyckingyo.exblog.jp/12050090/
NY金魚

No title

最近中国の報道規制について、日本のマスコミが大批判してます。私からみれば、中国は、報道を規制するが、日本のような洗脳報道はしない。この違いだけです。
規制すればするほど、知りたくなるから、中国人は、新聞テレビだけを見るという習慣はありません。皆がいろいろな方法で情報を得ています。特に今の時代、便利だから、いくら規制しても、情報がすぐに流れるから。
日本は、言論自由の社会だから、マスコミが規制したりしてることには、多くの日本人は気づいていません。例えば、九月末福岡市反中団体が中国人観光バスを包囲して、大声で罵したり蹴ったりしたことには、あまり報道しません。横浜の中華神戸の中華学校に、いたずらの電話などで、休校になったこと、中国領事館に可燃ビン投げたこと、などなど、日本のマスコミが報道したのか?もし報道しても、新聞の誰も見ないところで小さく短くしただけでしょう?同じことで、もし中国で日本人に対して発生したら、必ず新聞の第一面に載せるに違いないでしょう。

No title

お久しぶりです。
 メディアが権力の後押しをし続けているこの国の実態を、心から憤れる人々は限られています。心から怒る人々は、『舞台設定」のいかんを問わず一貫していますが、商業ジャーナリズムに一旦乗っかかった人々は、その快感を忘れることができないと見えて、カメレオンのように、空気を読んで自在に動き回ります。みの某から岩見某クラスまで。寺島実郎についてはまだよくわかりませんが、「総研」の若手クラスのなかには、彼の意に反して?既に破綻した「新自由主義」経済政策の綻びを修正しつつ、『新進自由主義」的アイデアを撒き散らしている輩がおります。
 彼らは、なるほど、経済学の薀蓄は、ゆたかになったかもしれないが、その代わりに「骨」を失った。「骨」とは、富の偏在を許さず、「労働内容」に応じた、『分配」をいかに適正に行わせしめるか、その正当な判断・アイディアを国に提供する意思、の言い換えだが、彼らには、ない。これを実現するには膨大な思索とエネルギーを要するが、既に自ら(みずから)その作業をほおり投げたよう。
 寺島が、「検察審査会」のうさん臭さを、画面のこちら側に提示しないがゆえに、ダマスメディアで「まともな言論人」として大手を振って歩けるように思う。『左手に朝日ジャーナル、右手に漫画本のニューファミリー」の軽さ、というか、かっこつけマンの団塊世代にふさわしく、おびただしい欺瞞をまきちらしている。
 世代間闘争をあおっているのではない。僕自身が団塊のど真ん中であるからこそ、同世代の彼らの人生への対し方を観察してこられたのだ。「菅」も仙谷も幕末の志士や明治の政治家(好悪・善悪の価値判断は別として)とは無縁だ。今の時代にふさわしくひょいひょいとした「軽芸」の持ち主であることはまちがいない。彼らには『思想」などというものは、自分を取り繕う、あるいはかっこよく見せるための「道具」にしかすぎない。
 小沢氏だけでなく、一世代上の群れというのは人材の宝庫である。
なぜか?今その時代背景について考えているところだが、まだ結論はでていない。団塊を一括りにして非難されるのも納得しがたいが、『菅」『仙谷」なぞの典型が「団塊」の象徴であると非難されても、自身は反論はできない。








名古屋市政

河村氏のような人相も立ち振る舞いも最悪な人物が何故支持されるのか、名古屋市民でありながら全くもって理解できませんが、こういう人物の市議リコール要求によろめいてしまった名古屋市民の事情というものもあります。

保守的で、平成22年となったこの時代と、戦後間もない古い時代の相違を認めないような老醜が県政、市政を担っていたことも要因があります。
地方民はそれを「変えたい」と思いました。それは無知であるかもしれませんが、まぎれもない変化を求める声でした。

神田現愛知県知事や松原元名古屋市長などは、この時代にあって「女は家庭で家事と育児に勤しむべし、だから保育所など増やす必要は無い」などと寝言を言うような人物でした。

議員も地元の名士と言われるような方々で席を埋め、旧態依然の馴れ合い議会で、毎年毎年、前年の政治手法を真似るだけで、全く機能していませんでした。
そんな民衆の不満は募っていたのは確かです。

自身の認知度(人気)を利用して、そういう民衆の不満につけ込む河村氏の態度は許しがたいものを感じます。

では、政治を知る必要性を感じて、アカデミーが催す勉強会に出席すれば、そのアカデミー自体が新自由主義のプロパガンダだったりします。
弱い我々は、どのように自己を保ち、何処に救いを求め、何をすべきなのか、そんなことを考え始めると出口の無いトンネルに迷い込んだ気分で暗澹となります。

全国のみなさんに、声を大にして訴えたい。
名古屋の市議リコール騒動は、軽薄極まりないマスコミ連中の後押しで、馬鹿市長が圧勝となりました。
けれど、これは決して、市民運動の善きモデルではありません。
市民運動ですらありません!!
最悪のモデルとして、是非記憶してもらいたいと思います。

くれぐれも騙されることの無いように、名古屋を注目してください。
ええ、これから、どんどん酷くなっていきますから。
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