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ソクラテスの死 - ソフィストと民主政治、政治哲学への回帰の欺瞞

ソクラテスの死_1丸山真男は、古典を読む意味について、自分自身を現代から隔離することにあると言い、現代から意識的に自分を隔離することによって、現代の全体像を距離を置いて観察することができると言っている(丸山真男集 第13巻 P20)。その言葉を思い浮かべつつ、『ソクラテスの弁明』を読み返したが、ページを読み進むほどに念頭に立ち上がるのは現代の問題であり、そこから行間から離れた事案に次々と思考が及び、知りたい対象が浮かんで別の本に手が伸び、ソクラテスの法廷の世界に集中没頭することができない。古典を一人で読むことの難しさ、現代から自己を隔離することの難しさをこの年になって思わされる。この古典から学ばされるのは、「無知の知」などの倫理の教科書に載っている一般論の知識ではなくて、言葉の素晴らしさであり、思惟し弁論する知的主体の瑞々しい弾力である。「アテナイ人諸君」のリフレインに背を押され、理性と情熱の力が充満する言葉の世界に引き込まれ、読んだ者は確実に賢くなる。日本語の文章と弁論の勉強になる。訳が素晴らしいと感じるのは、原文が素晴らしいからだ。思うのはプラトンの天才という問題で、法廷でメモなど録っていないと思われるが、あの長い弁明を物語にし、詩作して構築した記憶力と想像力に驚嘆させられる。プラトンの哲学は、師ソクラテスの死への激憤から出発し、その不条理に復讐を果たさんとするデモーニッシュな意図と目的を持っている。マルクスと同じ。  

続きの内容をレジまぐ版に公開しました。コメントはこちらの方にお願いします。

ソクラテスの死_z
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現実を捉える眼

最近、再び読んだ本として「ナチュラル・メディスン」(アンドルー・ワイル著)がある。
いま、読んでいる本は「裏読み日本経済」(朝倉慶著)だ。
両著ともに示唆に富んでいて、面白い。

だが現在、古典を読むことはない。
実際、私にとって、ブログ主氏の前回、今回の小論文を読み下すのが精一杯といった心境だ。
ブログ主氏の論文能力、その「守備範囲」(の広さ)には敬服している。

私のようなバカは、(いたって)「素朴な疑問」と「自分なりの視点(そういうものがあるとして)」とで、世の中の実相に迫ってゆくしかないと思っている。

本ブログは、社会の「いま」に焦点をあてて直球や変化球を投げている。私は「精神世界」に身をおいてきた人間だが、いわゆる「精神世界」の住人の「いま」は概ね(自己の)「精神(鍛練)」に焦点をあてているように思える。
(自己と社会の)両方の「いま」に噛みあわず(焦点を合わせず)、ひとり悟りを開いたとしても、それは結果として「現実」や「既成事実」を認めたことにつながってしまうので、とても残念だ。

政治とは

◎私は経済学者も政治学者も信用していない。そもそもこの島国は一千兆円以上も盗まれたのに、その説明が政治的であろうが、経済的であろうがなされていない。どの評論家も経済政治学者も流行のファッションのディテールの追い回しに終始している。

◎大衆はどうでもよいことにこれほど熱中し、最も肝心なことはその視界にない。そして、その結果、大きな荷物を背負わされることになる。
                                                ◎何だ! あの政治家どもは!-いやそう言うが、彼らはあなた方自身を鏡に映してものに他ならないのだが、……。

◎優れた指導者がいないとその組織が滅びるように、大衆を指導する賢明なリーダーがいないとその国は滅びる。風のように変わる大衆の意見などをいちいち気にしているようでは真の指導者には成り得ない。                                                  ◎或る矛盾
 時の風に揺らぐ大衆を真面目に相手にしてもしょうがない。しかし、何であろうとも彼らを動かさねば物事は捗らない。  
                                                ◎日本人は土台がないし、大局観もない。しかし、細部には益々拘っていく。
                                                ◎我々は我々が選んだ代議士を馬鹿にしている。しかし、選ばれた代議士達も大衆を愚鈍とみなしている。更に、官僚達は代議士連中をないがしろにしている。では、果たして一体誰が一番割を食うのであろうか?
                                                ◎君は知っているのか? 民衆は一万円の餌で引っかけられるが、何千兆円もの国民財産の喪失には全く盲目であることを。

◎結局、<政治>とは少数のエリートに向けたややこしい議論なのか、それとも無象の大衆を相手にした派手なパフォーマンスか?

No title

確かに、日頃、衆愚批判をしている者の中に、今回、菅を支持した者がいますね。まあ、そんなもんでしょう。
衆愚批判を好んでやる者は、皆、自身は衆愚ではないという前提に立っているのですが、なぜ、自身は衆愚ではないといえるのかとの説明はおろか、衆愚の定義すら示せていないのが実態で、せいぜい、「一流大学を出ているから」などと俗っぽい外面的な理由を根拠にしているくらいです。
今日、もし「衆愚」というものが存在するとすれば、それは「マスコミの世論操作にひっかかる者」という定義でよいのではないかとさえ思います。
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