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責任者の不作為 - 所信表明演説の「孤立化」防止対策と熱中症死

熱中症と孤立死_18/20の朝日新聞の1面トップに、熱中症で死亡したさいたま市の76歳の男性について記事が掲載されていた。8/19のブログで取り上げた事件で、生活保護を申請しながら断られ、電気もガスも電話も止めて長男と二人で暮らしていた高齢者の問題である。大見出しに「困窮10年、炎暑の死」、小見出しに「電気・ガスなし、父子孤立」とあり、単なる高齢者の熱中症死の事故ではなく、貧困と孤立が招いた社会問題だという視点で記事が書かれている。この種の問題については、毎日が真摯に取材していて、朝日もその姿勢に刺激されたのだろう。NHKの報道によれば、この夏すでに全国で300人以上が熱中症で死亡しており、死者数も搬送者数も過去最高を記録している。この熱中症による大量死の問題は、果たして自然災害の範疇の問題なのだろうか。私がそう疑問を抱くのは、異常な猛暑は決して今年だけの出来事ではないと思うからだ。先日、NHKのお天気番組で平井信行がデータを紹介していたが、東京で35度を超える猛暑日の日数が最も多かったのは、13日間を記録した1995年だというのである。今年はそれを超える可能性があると予想を述べていたが、まだ10日間に達していない。3年前の2007年は今年以上に猛暑で、埼玉県の熊谷で40.9度の最高気温を記録したが、今年はまだ40度を超えた日はない。そして、1995年も、2007年も、熱中症による死者数が大きく報道される事態はなかった。  

続きの内容をレジまぐ版に公開しました。コメントはこちらの方にお願いします。

熱中症と孤立死_z
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No title

次から次へと、この国のさまざまな問題に対して、ブログ主氏が提起されることに敬意を払いたい。
私はブログ主氏ほど「問題意識」は高くはないが、それでもこの国で生ずる「事柄」に対して少なからず心を痛めることも多い。
それでも「意識」は「日常の細々とした生活」のあれこれに縛られており、他者のことと自分のこととの境界線が拡大し、「自分の世界」の想像力の限界に日々打ちのめされているのが真相である。

本日、長妻昭大臣がTV生出演され、「消えた年金問題」に関して頑張っている旨の話をされていた。「年金問題」は取り返しのつかない社会保険庁の失態であることは明確だ。が、しかしこれに関してだれか責任をとったのか、よくは分からない。何か釈然としない。
長妻大臣はそれなりによくおやりになっているのかも知れない。でも、きっと大臣をあれやこれやの超多忙のなかに身を置かすことでもっともっとでき得ることをやらさない作戦なのじゃないかと勘繰ってしまう。
こんなことを言うと笑われてしまうかも知れないが、厚生省と労働省ふたつの役所をひとつに束ねてしまったことの弊害がありはしないかと疑問を持ってしまった。
しかし、それにしても「責任」の所在を明確にする、これが「曖昧模糊」とされることに我々は少し慣れてしまっているのではないか。

ここからは「よもやま話」。
マスコミ報道に関しては、NHKのニュースは視るようにしている。つい最近TVを買い換えたので「スターチャンネル」を観る機会が多くなった。
岩下俊三氏のブログは面白いので必ずチェックしている。
 http://blog.livedoor.jp/shunzo480707/
天木直人氏の有料ブログ、池田香代子ブログ、きっこのブログ、NY金魚ブログ、船井幸雄「いま知らせたいこと」、たまにTHE JOURNALなどを日常、楽しみにしているブログ。
いずれにしても最重要は「世に倦む日日」だ。ブログ主氏ほど私は批判精神が豊かではなく、ジャーナリズムへの関心も疎い。でも自分自身では頭のなかはそれなりにリベラル思考だと思っている。

No title

貴ブログで、主観的な抽象論を言うのは憚られるのですが、記事の冒頭に掲載されている湯浅誠氏の写真を見て、一昨年から昨年初頭まで、精悍で清貧な顔施が失われているように感じました。

私が住んでいる東海地方の暑気は、埼玉の熊谷にも負けず劣らずの勢いです。
首都圏の人々には届かない、地方の熱中症報道では、「お年寄りはエアコンの冷房を極端に嫌う傾向がある」とありました。
全国でも1・2を争う暑い田舎町、多治見市には年金のみで生計を立てている市営住宅に一人暮らしの高齢者(80歳以上)が多く、その部屋にはエアコンがありません。
「エアコンの冷機が嫌い」などと言ってる場合では無い暑気ですのに。

この地方の高齢者は「エアコンを買いたくても買えない生活」というのが、ご本人の矜持でもあるのでしょうけど、言いたくても言えない本音なのだと思います。

テレビ・ラジオ、或いはネットで高額の広告掲載する大企業は、軽薄な視聴者プレゼントを平気でするのに、高齢者にエアコンの一台を無償で提供することには抵抗があるようですね。
このところ、お金の流れに「いかがわしさ」を感じ、沈鬱になります。

東京のメディアは、面白がって「暑い町多治見市」を取材しに来ますが、まったくつまらなくて、無意味な報道のための予算を有意義に使う方法を思考して欲しいと思います。

文学の役割

今回の記事、ただひたすら、うなずくのみでした。

>議論も記事も作るもので、創作であり表現である。そして、何かを作ろうとすれば忍耐が要る。どうやら忍耐力が日本人の中で衰えている。製造業のものづくりもそうだし、大学の科学研究でもそれが言われている。

「忍耐力が日本人の中で衰えている」感じ、確かにします。

もしそうなら、その理由ですが、思うに、「長いあいだ、背伸びに背伸びというか、無理に無理を重ねてここまで頑張ってきたのに、現状はこのざまかよ」という無力感、虚無感から日本人がこうなっているのでは。
自分自身がそうですから、そう感じます。

この種の「閉塞の現状」はまず、政治でしか破れません。
その政治が無力なら、それを奮い立たしめるのは文学しかないでしょう。
詩歌やら小説やらだけでなく、戯曲、評論、報道も、優れた言語表現はすべて、いい文学。
自足していないすべての表現者に、それぞれの場で、ひと肌ぬいでもらいたいゆえんです。
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