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口を開き始めた被爆者と原爆症認定における厚労省の詐偽行政

被爆者_3今年、広島の原爆の日に関連して、特に問題提起されたことは二つあった。一つは、これまで口を閉ざしていた者が証言を始めたことである。もう一つは、政府による原爆症患者の認定の問題である。前者の問題は、NHKの広島放送局が当日午後6時過ぎからの番組で放送していたが、全国的には、テレビ朝日による張本勲の特集報道で大きく紹介され周知されるところとなったものだ。NHKの特番に登場していた女性は72歳、張本勲は70歳。年齢が近く、これまで自ら被爆体験を積極的に語れなかった理由も共通していた。口を開くことができなかった原因は、少年少女期に受けた差別と偏見の記憶と、それによる心の傷の存在である。7歳で被爆した女性は、髪が抜け落ち、1年間の入院治療を余儀なくされ、学校に帰ったとき、同じ学級の者から残酷ないじめの仕打ちを受ける。「この子ちょっと原爆臭うとるよ」「近づいたら移るよ」。女性は結婚のとき、相手に自分の原爆症発病の過去を告げず、家族にそれをずっと隠し黙って生きてきた。11年前に母親が亡くなり、そこから心境が変わり始め、今回、テレビカメラの前で過去の事実を証言する勇気を得る。この女性にとって、原爆による心の傷は三重のもので、第一に原爆症で苦しんだ直接体験と再発の恐怖、第二に学校でのいじめ体験の思い出、第三に愛する家族を裏切っている自分に対する自責の念。内面に重い重い十字架を背負い続けてきた人生だった。  

続きの内容をレジまぐ版に公開しました。コメントはこちらの方にお願いします。

被爆者_z
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核兵器は毒ガスと同じように現実には使えない

4◎化学兵器(毒ガス等)は第一次世界大戦の悲惨な経験から、1925年のジュネーブ議定書によって禁止され、92年には国連が音頭をとって再度提案されて、少数の国を除いて世界の大部分の国が批准している。
 しかし、原爆などの核兵器の残虐性と較べて果たしてどう違うというのであろうか。むしろ一般市民の大量虐殺、遺伝子への悪影響、環境の破壊などを考えると、核兵器の使用の方がはるかに人類存続にとって危険な挑戦といわなければならない。しかし核保有国にとってはその所有が他国への威嚇に使用でき、また<核の傘>などという珍妙な言葉を発明し、己の保護国、属領国への影響力保持に効果を発揮している面も無視できない(日本の防衛大臣や首相が訪米すると、事ある毎にアメリカ側に、核兵器を保持しないことと米国の核の傘の下にいることを約束させられるし、北朝鮮の核兵器開発に、膨大な援助を約束してまでその製造中止を迫るのも、日本の核兵器保持に対する牽制に過ぎない)。

 ◎それも毒ガス等はほとんどの国で製造可能であるが、核兵器となるとウランなどの原材料の調達、その製造技術、核爆弾の運搬の問題などがあり、大国の独占、有利さが大きく発揮できる分野なのである。毒ガス禁止条約に賛成していた大国も、核拡散禁止条約(別名核兵器独占条約)と相まって、益々核兵器所有のプラス面を生かそうとしている。
 しかし、このようなコケ威しはある程度通用するものの、果たしていつかまた世界のどこかで第三番目の原爆が落とされる悲劇は繰り返されるのだろうか。未来の予想は難しいとはいえ、大量の毒ガスを保持していた国が安全だったかと言えばそんなことは決してなく、いずれはその廃棄処理に悩むのが現実なのだ(旧帝国陸軍での大野久島や、中国大陸での廃棄毒ガス弾の処理、そして旧ソ連の原子力潜水艦解体作業の困難を見よ。チェルノブイリ原子炉事故など、平和時においても、いったん事が起きれば惨事は余りに深刻だ。その他の核爆弾に関する事故も少なくない)。

 ◎毒ガス保持がかつて国家の威信を高め、その安泰を保証してきたことは有りえず、同じく核兵器製造所持もその国家の存続を保証するものでは全くないであろう。むしろ、現代の唯一の超大国である米国の内部からも、製造・保持に掛かる膨大な経費、維持、管理が大きな負担となり、この“使えない兵器”に対する疑念がボツボツと出始めているのである(現に、第二次世界大戦以降、アメリカが関わった朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争等では一切使われなかった。使えなかったのである)。

 ◎人類の叡智は大したことはないとはいえ、それほど馬鹿ではない(毒ガス禁止条約の他に対人地雷禁止条約、捕虜虐待禁止のジュネーブ条約、赤十字思想の普及、病院や病院船攻撃禁止の協定などはなんとか遵守されてきた)。
日本の歴史を見ても、かつて戦国時代において種子島伝来の鉄砲は槍・刀剣・弓矢戦術を駆逐してしまったが、その後、この危険な武器は抑制され、再び200年間も刀剣の時代に戻ったことがあったではないか。歴史も必ずしも、直線的に進むとは限らず、あらゆるファクターが加味され、紆余曲折の道を歩むものなのである。

No title

パートナーの父親は長崎出身。爆心地とは離れた場所だったので「原爆症認定扱い」とはならなかった。
義父は、新山泰治に師事し牧師の道を歩んでいたようだが、戦争が始まってコミュニストへと転向。五人の子どもに恵まれた。彼は自分の「被ばく」の影響よりも子ども達の体のことにとても気をつかっていたとはパートナーの弁。
パートナー自身、兄弟の中でもっとも虚弱体質で子どものときから両親を悩ませたとのことである。幸いパートナーはお陰さまで「被ばく」の影響からは遠ざかっているようである。

以前、私が勤務していた職場の先輩が「原爆症」に認定されていた。長崎で被ばくした。爆心地から少し離れたところで「被ばく」したそうだ。ちょっとした小高い丘が「被ばく」の直撃を避けてくれたそうだ。彼から私がそれを教えてもらえたのは彼と知りあってか20年以上経過してからだった。
50歳を超えてからの彼の体は本当に気の毒なぐらいズタズタの状態だった。自律神経失調、うつ病、胃や腸を病み、通院、投薬の日常となっていた。やがて「心臓病」を病み専門病院「大和成和病院」の手術で九死に一生を得た。

>現実には、厚労省は認定基準を緩和しながら、この1年間、
 実際の運用で、申請に対して認定を減らし、
 以前なら間違いなく認定を受けていた者まで却下に及んでいた。

とのブログ主氏の指摘はとても重要な指摘である。強い悲しみと同時に激しい怒りを覚える。我々の社会はいつになったら「人にやさしい社会」へとなるのだろうか。
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