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『エンデの遺言 - 根源からお金を問うこと』 (1)

エンデの遺言_1_1児童文学の古典的名著が実は偉大な経済学だったという例として、他にダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』がある。この作品は経済学の重要な教材としてマルクスやウェーバーに議論され、日本では大塚久雄によって繰り返し取り上げられた。私より上の世代で社会科学を学んだ者は、ダニエル・デフォーは大塚久雄の名前と分かちがたく結びついている。デフォー論は大塚史学の1丁目1番地で、ウェーバー論(プロ倫)以上に重要な理論的核心を成していた。同じように、現在、ミヒャエル・エンデの『モモ』が経済学の重要な議論対象になっている。デフォーは17世紀の昔の人だが、作品は300年の時空を超えて不滅に輝き、現在も経済学上の関心の必須的存在であり続けている。近代資本主義とは何かを基礎から考えるとき、知的与件として『ロビンソン・クルーソー』の物語が視野に入って来ざるを得ない。エンデが全く同じで、資本主義が100年後も世界で続いていたならば、それを学生に説明する経済学者は、講義の後半でエンデの『モモ』を援用していることだろう。エンデの貨幣論はまさにポスト・マルクスの決定版の知見で、本来はマルクス自身が見出さなくてはならなかった結論を提示している。哲学あるいは政治学としてのマルクス批判は、アレントが完成させていると言っていいと思うが、経済学からのマルクス批判は、おそらくエンデとゲゼルが本質を射抜いている。不勉強な私は、恥ずかしながら、これまでエンデの貨幣論も減価通貨も知らなかった。  

続きの内容をレジまぐ版に公開しました。コメントはこちらの方にお願いします。

エンデの遺言_1_z
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地域通貨

「(減価する)貨幣の問題」に関してブログ主氏が論議の俎上にあげていただき感謝します。
私はNHK「エンデの遺言」(の放送)ビデオを見て、貨幣には「お金とマネー」の二種類がある、ということを知った。その頃「エンデの遺言」の制作に関係した「グループ現代」の鎌中ひとみ監督が「ヒバクシャ 世界の終わりに」(ドキュメンタリー作品)で劣化ウラン弾の「低線量被曝」の実態を暴露し、それに共感した私たちはその作品の地元公開にこぎつけた。その際、地元公開の運動に参加した仲間や私、そして鎌中監督も「地域通貨」の運動(取り組み)に参加。
我々「地域通貨」の取り組みには、ゲゼル研究会(人間的に愉快な人物)の森野栄一氏や(硬派で生真面目な)田辺祐晟(たなべゆうせい)氏http://kotonoha-media.com/blog/tanabe/archives/date/2008/08
の強力な理論的なバックアップも頂戴したが、当然のことだが、みながみな理論武装というところまでに達することができなかったのは言うまでもない。
「マネーの魔力」というか「マネーの実力」は脳内に深く刻まれからだの隅々に粘着されていて、ほんのささやかな「地域通貨(減価する紙幣)」の流通さえ阻んでいるという一面もあるようだ。残念ながら、商店とひとびととのつながり、畑や田圃への取り組み、街の花壇、フリー市場やイベントなどさまざまな取り組みや企画も持続的で着実な成果と成功とはなりえていないというのが正直な感想である。
(NHK)「エンデの遺言」は「貨幣の仕組み」に関して、優れて分かり易いビデオである。このビデオを見て発奮したひとりひとりが街のリーダーとなって「減価する貨幣」への挑戦者となることへの淡い期待を持っている。これには微力ながらささやかに提供したいと思っている。「貨幣の仕組み」を根本から変革できないまでも風穴を開けたいと願っている(私宛メール)を。
ブログ主氏は「政府紙幣と減価通貨と、それに関連するエンデのマルクス批判について別稿で論じたい。」と表明されている。これには大いに歓迎したい。

時間泥棒の本質

恥ずかしながら、今日ブログを読むまで、「時間」を「お金」に変換して読み解けるとは存じ上げませんでした。早速、「エンデの遺言」を購入し、「モモ」を再読してみようと思います。正論が異端に扱われている現状は、嘆かわしいばかりです。現代の日本は、どこを見ても貧困しかありません。経済的貧困のみならず、精神的貧困、文化的貧困など、挙げ始めたらキリがない。

貧困と新自由主義が不可分な関係にある事実を、もっと声を上げて批判しなくてはなりません。私が日々報道を追っていて不信に思うのは、経済政策や成長戦略の名の下に、環境エネルギー革命や医療・福祉事業改革などを盛んに叫ぶ一方、他方で雇用問題(労働法制)を直視しないことです。新しい国家事業なり、国家観を見出そうとすることを否定するつもりはないものの、現在の雇用環境を改善せずして、どう経済が立ち直ろうというのか。甚だ疑問です。米国製品にしたってそうです。舶来志向と米国礼讃は、政治以外でも顕著ですね。魅力的に写るのでしょうが、そこまで称賛するほどの製品だと思えない。
とにかく、雇用問題の改善なくして、経済構造の転換も社会保障政策の抜本改正も、無理だと思います。医療も年金も子育ても、根底にあるのは所得の分配と格差にあります。

このままでは駄目だと思いますが、少なくとも私たちだけでも、声を上げて行こうじゃありませんか。反貧困を国民運動にしていくためには、諦めないことが肝要です。私が言うのもなんですが、アクセス数の割にはコメントが少なすぎませんか。コメント数だけでも増やしていかないと。そうでないと、いつまで経っても右翼掲示板の存在意義を許し続けることになってしまいます。短くとも感想を。

No title

全国、世界で地域通貨を実践している人たちの間では、『モモ』は必読書といってよい本であるようです。ですが大学で経済学を学ぶ学生や教員陣の中では、さほどの問題意識ももたれていないと思います。地域通貨よりも投機マネーを扱った金融論のほうが華やかで、高給な仕事にありつけるからでしょう。

次はシルヴィオ・ゲーゼルの解説を!

こんにちは、ブログ管理人様、コメント投稿者とトラックバック筆者の皆様。
 今回取り上げられた『エンデの遺産』、数年前に一読して以来、私にとってとても重要な本です。その姉妹編、坂本龍一, 河邑厚徳編著『エンデの警鐘 : 地域通貨の希望と銀行の未来』(日本放送協会出版会、2002) も近いうちに紹介、解説されんことを強く望むものであります。マネーが一人歩きし、天文学的な額になって、世界と環境、そして人心を喰いものにしていく可能性をヴィヴィッドに指摘したことで、サブプライムローン問題、リーマンショックとそれ以降の世界経済の状況を予言したような本です。なぜその後もっと注目・再評価されないのか、とても不思議です。(これも誰かの陰謀?) この二冊の本があったたればこそ、リーマンショックを分析した金子勝氏の本も小生には腑に落ちるものになりました。確か金子氏もエンデの『モモ』にその著書のどこかで短くふれていたような気がします。
 この二冊のエンデ経済書は近現代のマネー・システムの今後の展望については「人間が作り出したものだから、人間が変えることが出来る」と述べています。私にとっての「希望」の言葉です。レッド・ツェッペリンの「天国への階段」は記録映画「永遠の歌」の中でロバート・プラントが「希望の歌です」と紹介していましたが、あれはなんでも金に見えそうなものを積み上げて(錬金術だという解釈もありましたが)「天国への階段」を買おうとしている女の人の話でした。これも何かの経済的含意があるのでしょうか。
 さてこの二冊のうちの『警鐘』には地域通貨と新しい貨幣理論の提唱者の一人、シルヴィオ・ゲーゼル(1862-1930)が紹介されており、興味をそそられた私はその主著Die natürliche Wirtschaftsordnung durch Freiland und Freigeld (Berlin, 1920)の翻訳「シルビオ・ゲゼル著(相田愼一訳)『自由地と自由貨幣による自然的経済秩序』(ぱる出版, 2007)」を買い込みましたが、未だに本棚の「肥やし」になっています。読書の手引きになるような、ブログ管理人様による明快な解説を期待しています。記事内の写真の一つは『自然的経済秩序』の英訳本の表紙でしょうか。またwatanabekikuo様のコメントにも「ゲゼル研究会」のことが紹介されていますね。日本でもゲーゼル・ブームが起きて欲しいものです。

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

お金と時間との新しい共生関係

もう十年ほど前からネット等で、お金と時間との新しい関係の基礎となる「時間貯蓄銀行」(「モモ」でのそれとは正反対の銀行)を提案しているのですが、反響はゼロです。

個々人が、現在までに支払ったのに近い消費税額を記帳した通帳(エンデの減額して最後は貨幣価値がゼロになる「地域通貨」で)を国民一人一人に配布する。消費税は貧富差を拡大するうえに、そのほとんどが輸出払戻し税や、富裕層の所得税・相続税減税や法人税減税等に使われてきた極端に不平等な税金であり、本来は、国が税金で真っ先になすべき再配分機能を最も求められている税金だと思う。

この国有郵便会社から配布する通帳の利子欄は、「ボランティア時間」として、年齢一歳につき一時間を記帳してはと思う。この「ボランティア時間」は、高齢・災害・病気・事故等で誰かの助けが必要という際に、郵便局・役場に併設された「時間貯蓄銀行」に登録したボランティアへと連絡がゆき、そのボランティアは奉仕者のサインがある伝票で、自給千円と該当ボランティア時間を銀行で記帳してもらえる。
この猛烈な勢いで循環する・・減額されるという恐怖感を利用した共生のための地域通貨制は、雇用・景気問題を解決し、最低賃金の上昇にも寄与することだろう。

ここでの利子欄の時間は、上記のボランティア活動が活発になるほど、そしてこの「地域通貨」が数月毎あるいは一年毎に減額する見返りとして増額してゆく。紙幣として所有している場合は、混乱をさけるために、宝くじ機能をつけてはどうかなと思う。

当選品としてはー①費用のかからない別荘付き国有地(小説家ニコル氏が成功したような森の再生を陸上自衛隊にやってもらう。列島国には空海の国境警備活動だけで十分) ②アメリカもこのような素晴らしい制度なので、文句は言えないだろうと思うので増える一方の一万ドル米国債 ③地元企業を応援するための地場産品

さらにこれらの見逃せない効果として、実践を通しての子供への教育効果がある。赤ん坊にも、彼・彼女の成長に応じて、通帳へと記帳されてゆくし、彼らがボランティア登録して人の役立つという体験はとても貴重だ。
さらにはこの銀行に、エコ部門を作って、空き缶・空き瓶・ペットボトル等一個につき一地域通貨とすれば、子供たちや高齢者や路上生活者等の小遣い稼ぎと環境保護をの一挙両得となろう。


資本の根源的批判

「エンデの遺言」を手にした時、これは資本に対する最も根源的な批判をゲゼルは私たちに突きつけている、との印象を持ち強烈でした。考えてみればマルクスの資本論は資本には利子が絶対的に付属しているとの前提で成り立つ理論ですね。存在するものは全て減価する、資本も例外ではないとのゲゼルこそ革命的な理論ですね。「世に倦む日日」氏は『エンデの遺言』3~以後もどうか続けて下さい。期待しています。
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