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菜の花忌の吉報 - ネットを人が価値を生産する拠点空間にする

菜の花忌_1菜の花忌だった2月12日、あるところから講演の依頼のメールを頂戴した。日程的には半年以上先になるが、10月に都内で『それでもなお、政治に求めるべきこと?新自由主義の克服』(仮)の演題でお話をさせていただく予定となった。依頼はある団体からのもので、14回シリーズで開講される社会人向け市民講座の1回を担当する。その企画内容の案がとても素晴らしくて、現代日本の思想界をリードする有名どころが多数名前を連ねており、特に私の前の回は、「働くこととつながること」と題して津村記久子氏が講師になっている。言うまでもなく、今年の芥川賞受賞作家で、今や日本の思想世界で最も注目されている人物である。私も彼女の話はぜひ聞きたい。それから、本田由紀氏の名前もある。こういうスーパースターに交じって選定をいただいたのは、実に身に余る光栄と言うほかなく、また客観的に見れば、事務局の冒険的で野心的なチャレンジでもあり、白羽の矢を立てていただいた側としては、一世一代の仕事と心得え、事業の成功に向けて万全を尽したい。10月は選挙が終わっている。日本の政治が激動の局面を迎えている。  

菜の花忌_2去年の菜の花忌は、足立区梅島で起こった一家無理心中が報道された日だった。52才の父親が49歳の妻と85歳の母親をナタで惨殺し、15歳の二男を両手首切断と後頭部陥没の重体にさせ、自分も手首を切り腹を刺して自殺した事件。去年の菜の花忌は、その凄惨で救いのない事件の前に途方に暮れ、身悶えて嘆き呻くだけの一日だった。その前に岩国市長選があり、その後にイージス艦の事故があり、私は森本公穣氏に招かれて奈良を旅した。あれから1年が過ぎた。私は塹壕生活をやめて突撃することに決め、今年から有料化の挑戦を始めた。1年前とは気分が違う。1年前はただ戦場を歩いていた。戦禍に巻き込まれた難民の一人として、悪魔のような、ガザを攻撃するイスラエル軍のような、無辜の民を狙撃する新自由主義軍の砲弾と銃撃の中を前に向かって歩いていた。頭の上を頬の横を銃弾がかすめ飛ぶのを感じ、隣を歩いている人間の頭が割れて血が飛ぶのを横目で見ながら、ただ黙々と、次に弾に当たって倒れる順番を待つように、暗い夜の戦場の地面を前へ前へ歩いていた。今は違う。銃を持っている。弾雨の中を目標に向かって突撃している。

菜の花忌_3兵士となって戦闘をしている。目標がある。敵兵の影に向かって銃を掃射しながら、喚声を上げて戦場を駆け走り、前方の敵の保塁にたどり着き、そこに手榴弾を投擲して炸裂させる。保塁から狙撃する敵兵を殲滅して陣地を奪い取る。目標めがけて一目散に走っている。敵の銃弾に当たればそれで終わりだ。急所に当たって一瞬で絶命するかも知れない。重傷を負って出血しながら意識が途切れるかも知れない。痛い痛いと絶叫しながら息絶えるかも知れない。生存率が高くはないことは分かっている。だが、もう塹壕は飛び出た。銃の性能が悪いだの言ってもしかたがない。塹壕に引き返すことはできない。戦闘に勝って無事に生き残ることしか考えていない。目標を攻略することしか考えていない。神様が助けてくれると信じて前に突進するしかない。天国の司馬遼太郎が見守ってくれていると思うしかない。司馬遼太郎の小説を読みながら男が思うこと。それは、結局、男として生まれてきた者は、技術や理工系の才能のない普通の男は、必ず歩兵として戦場に駆り出され、歩兵として敵兵と命のやり取りをするということである。歩兵になるのだ。歩兵は常に同じ事をするのだ。

菜の花忌_6戦争とは人が人を殺すことである。軍は人間の集団であり、敵軍を無力化するためには、武器を操作する敵部隊の兵士を殺傷しなくてはならない。敵兵の戦闘の意思と能力を物理的に潰さなくてはいけない。戦場の戦闘とは、人と人の殺し合いである。核兵器時代の戦争になっても、その原理は同じであり、戦争には戦場と前線があり、保塁(城砦)と歩兵がいる。不思議なことに、私は、今はそれほど恐さはない。恐怖心は感じない。戦場の兵士の心理が何となく分かるような気がする。塹壕を出て突撃を始めた兵士には恐怖心はないのだ。作戦を首尾よく成功させられるかどうかだけなのである。3月末までに40万人が職を失うと言われている。40万人が新自由主義の戦場に裸で放り出される。それは確実に予告され、その数はもっと多くなるだろうと言われている。彼らのうち、溜めの少ない者は、ネットカフェで難民になり、友人宅を転々とする居候になり、路上生活者の予備軍になる。彼らのうち、少し溜めのある者、例えば正社員で退職金をもらって失業した者は、半年間か1年間、失業保険で生活する暮らしが始まる。それが切れて定職や定収を得られなかった場合は、貯金や退職金で生活費を埋めることになる。

菜の花忌_5彼らは行き場を失い、社会から切断される。仕事を失った者は日常の人間関係を失う。リアルの社会から切断された彼らが流れ込むのは、われわれのいるネットの空間である。彼らはネットに流れ込み、ネットの中で自分の居場所を探し、ネットの中で人間関係を築き、ネットの中で自己を実現しようとする。自分がそこに身を置けるバーチャルなコミュニティを作ろうとする。名無し顔無しの一人として。だが、ネットの世界はリアルな世界以上に非情で残虐な無法地帯であり、責任の自覚なしに人が人を傷つける世界であり、誹謗中傷を生業にしているようなゴロが跳梁跋扈している世界である。常識や倫理の前提がない。荒んだ者同士の関係が、荒んだ心をさらに荒ませ、全体がより爛れて病む方向に軌道づけられている。新参者の名無し顔無しが自由に寛ぎと癒しを得るコミュニティの資源は、簡単には割り当てられず、努力なしにそれを得られるほど無限に供給もされてはいない。BLOGが流行を始めた5年前を考えても、ネットビジネスが急膨張した背景にはネット人口の急増があり、ネット世界にへばりつく人口がこれほど著しく増えたのは、1998年から2002年にかけての国民的な大リストラ経験があるように思えてならない。ADSLの普及だけが原因ではない。

菜の花忌_3aリストラ体験や就職氷河期は人の心を荒ませる。特に終身雇用のシステムで社会の一般通念が出来上がっている日本人にとっては、心の傷つく度合いの大きな出来事であり、1998年から2002年の苛烈な時期に受けた国民的傷は治療されることなく、その後の小泉改革の社会環境の中でさらに悪化し、化膿して症状が重くなったと言える。構造改革のイデオロギーが突出し充満したネット世界は、大リストラや就職氷河期の受難者たちに安息の地を提供することはなく、また、彼らに健康な心を取り戻させて社会に送り返すこともしなかった。1994年から1995年にネットが立ち上がった頃、ネット世界のイメージは、もう少しまともなものだった。もう少し明るい可能性で未来が描かれていた。現在のような「便所の落書き」の評判は定まってはいなかった。これほど人が人を傷つけ貶め合う荒涼とした砂漠の世界ではなかった。そこへ新しく3月末までに40万人の難民が流れ込んで来る。年末までに270万人の失業者が出るという予測もある。今年、雇用情勢は月を追うほどに悲惨になり、ハローワークは人が溢れて機能障害の状態になるだろう。1998年から2002年の時期に、何とか「勝ち組」に残って踏み止まっていた者たちが、今度は「負け組」に落ちてネット世界を徘徊する無産の放浪者となる。

菜の花忌_7スラムのように荒れ果て、ゴミと痰と唾だらけになったネットの世界を、人が価値を生産する現場に変え、生産活動をして生きられる世界に変え、生産活動に参加した者たちが人間として再生できる社会環境に変えたい。自分を取り戻せる環境にしたい。自分を取り戻すとは、人から評価や尊敬を得られるようになること、収入を得られるようになること、家族に認められる自分になること。そのような空間に作り直したい。ネット世界を生産的な世界に変えることで、ネットに生きる者たち、リアルから追われてネットに生きざるを得なくなった者たちが希望を持てるようにしたい。価値生産に従事できるパスを作りたい。私がやっていることは、朝日新聞の論説記者がやっていることと同じなのだ。彼らがやっていることも、私と同じように、PCの前に座ってキーボードを叩き、ネット検索で資料を探し、英字ニュースで情報を追いかけ、テレビや雑誌や新刊本や古典本を眺め読み、そしてテキストを生産する行為であるに過ぎないのだ。それが朝日新聞というブランドで紙に印刷されるから価値ができ、ネットのサイトに個人が上げるものだから価値がないというのは本来おかしい。私は認めない。認めないのならば、それを実践でプルーブしなければならない。プルーブにチャレンジする。証明して人を納得させたい。

私にとって新自由主義軍との戦いは、ネットというスラムな世界で、人間が価値を生産することができる事実を証明することである。底辺の空間に住む人間が、朝日新聞を超える情報価値を生産することだ。

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おめでとうございます!

日本版「The Huffington Post」を目指していただければと思います。v-392
今朝の新聞に、湯浅誠さんは大学院で政治思想史を専攻し、「丸山真男集」が捨てられないと書いてありました。
応援しています。

No title

新自由主義との戦いとはそれを推し進めようとするマスコミと大資本と御用学者と政治家との戦いですね。
最近のマスコミによる麻生叩き(郵政民営化否定発言に関して)と
小泉礼賛を見ておりますと相当手ごわいです。
あっという間に支持率が一桁に落ちてしまいましたから。
国民は未だにマスコミ、特にTVを盲信してる状態です。
それを変えるのは難しいと思いますが、陰ながら応援しております。

宮台真司

  まる氏のコメントを見て書き込みます
 宮台真司氏のブログに城繁幸氏との対談があり、現状の失業問題について、ブログ主さんが以前批判されていた正規労働者と派遣労働者の対立を煽る主張を繰り返していました。奥谷女史同様新自由主義の権化かつ、利益受益者の頂点にいる城氏はともかく宮台真司氏がその主張を傾聴することにショックを受けました。
 正直先日の田中康夫氏といいブログ主さんと近いと自分が思っていた人々が新自由主義擁護の一翼を担っている点にこのブログが戦うべき相手の広さを感じます。
 微力ながらその闘争の応援をしたいと思います。それでは
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