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『龍馬伝』第12話を見る ? 一藩勤王と草莽崛起、カストロとゲバラ

龍馬伝_12_1半平太が東洋に足蹴にされたなどあり得ない。いくらドラマの創作と脚色でも、ここまでの作り話はやり過ぎで、NHKと作者の幕末史と土佐史に対する常識と感性を疑う。結局、勤王党による東洋暗殺は、半平太の東洋に対する私怨と復讐が動機だという説明にされてしまった。矮小化の極致。このような奇想天外な歴史の解釈に接するのは初めてだが、マンガやテレビのバラエティ番組でも、ここまで乱暴で下品な歪曲と捏造には及ばないだろう。作者は歴史を冒涜しているという意識を持たないのだろうか。逸脱にも限度がある。後藤象二郎が弥太郎に龍馬暗殺の指令を出すという筋書きも、テレビの前で脱力を感じた視聴者は多かったのではないか。つまり、これを龍馬脱藩の理由づけにするというドラマの進行が見え、脱藩の動機は後藤象二郎からの逃亡だったという説明が窺われる。この想定は、物語の中に相当な無理を抱える展開になるはずだが、作者はどのような恣意と捏造で歴史の始末をつけるのだろうか。作家であれば、歴史を自分の自由な想像力で支配したいという欲望を持つのは当然である。しかし、最低限の禁欲と節度は必要だ。歴史は私物化できるものではなく、万民の公共の財産なのだから。龍馬の伝記をドラマに制作するのがミッションである以上、扱っている素材が公共の財産であることを忘れてはいけない。国宝の仏像を勝手に手に取って着色したり、鑿で削りを入れて傷つけてはいけないのと同じだ。公共放送の大河ドラマの制作なら尚更。  

龍馬伝_12_2また、土佐勤王党はあくまで非公然の政治結社で、あのように党旗を掲揚したり、党の内情を白昼の酒場で議論し合うなど考えられない。近代の民主主義国家の政党活動ではないのである。言論の自由も結社の自由もない。物語は龍馬脱藩のクライマックスへと向かう。半平太の志は一藩勤王の政治にあり、龍馬の志は艦隊と航海にある。血盟した二人の革命家は袂を分かって別離する。この情景はどう描くべきか。私にとって最も近いイメージは、カストロとゲバラの別離の場面である。社会主義キューバの建設に邁進するカストロ、ラテンアメリカの永遠の勝利へと旅立つゲバラ。そう言えば、ゲバラは龍馬が大好きだった。ゲバラと龍馬はよく似ている。西半球におけるゲバラの英雄表象と憧憬現象は、まさに日本では龍馬のそれが該当する。龍馬は東洋暗殺に反対で、萩で会った久坂玄瑞の草莽崛起論に影響を受け、脱藩して生きる決意を固めていた。土佐の一藩勤王は無理だと洞察し、半平太と袂を分かった。東洋暗殺と龍馬脱藩は歴史として表裏一体の出来事である。土佐の一藩勤王は無理で無謀だったのか、半平太のテロリズムとクーデターの選択は誤りだったのか。この問題は政治学の観点から興味深い。結果からすれば、半平太の見通しは間違っていて、国主容堂を動かすことは能わず、勤王党は弾圧と壊滅の憂き目に遭い、半平太以下の土佐の志士は全滅させられる。最初に土佐の一藩勤王は無理だから草莽崛起だと説き、半平太と激論して脱藩したのは梼原の吉村寅太郎だった。

龍馬伝_12_3勤王党内部の路線論争、そして東洋暗殺の決行と龍馬脱藩には、現下の切迫した情勢があった。それは島津久光の上洛の挙行であり、諸国の攘夷派はこの機を利用して一気に幕権を朝権に奪い、挙国攘夷の革命へと政局を運ぶべく奔走していた。半平太が東洋暗殺に踏み切ったのは、この機を逃すと土佐が攘夷革命に乗り遅れるという焦眉の状況判断があったからで、久光上洛に続いて、土佐も攘夷挙兵して入洛参内する必要があった。一藩勤王ではあるけれど、半平太も世界革命なのである。この点、半平太の一藩勤王主義と龍馬の脱藩草莽主義は、スターリンの一国社会主義とトロツキーの永久革命主義の対立のアナロジーとしても屡々論じられる。スターリンの一国社会主義が、決して一国に完結したものでなく、コミンテルンの支部を各国に精力的に置き、共産国家を増殖する運動であったのと同様、半平太の一藩勤王もまた、薩摩や長州や水戸の攘夷派と横に連携をとり、国家の転覆、すなわち王政復古の「世界同時革命」をめざすものだった。土佐勤王党という名称が面白いのは、勤王主義というユニバーサルな理念に土佐というローカルな地名が熟せしめられている点である。土佐で勤王をする政治結社の意味。このように、ユニバーサリズムとナショナリズムを統一させた党名を持っていた政党が戦後もあり、日本社会党と日本共産党があった。最近、こうした党名を見ない。ユニバーサリズムを持ちつつナショナルに動くという政党がない。と言うより、山口二郎の政治改革以降、政党がそもそも理念を持つ集団ではなくなった。

龍馬伝_12_4江戸で尊皇攘夷を誓い合った諸国の論客たちの中で、国元に帰って生真面目に結社を立ち上げた指導者は半平太だけだった。半平太の理念と目標への忠実さと律儀さがある。半平太の路線選択は決して間違ってはいなかったと、私はそう思う。一藩勤王か、それとも草莽崛起かの論争は、半平太と寅太郎の間で激論された。その様子は司馬遼太郎の小説の中に若干登場する(文春文庫 第二巻 P.391-394)。寅太郎は久光上洛に合わせて京の中央政局でクーデターを謀る戦略を説き、土佐の志士団を上らせようとした。実際に寅太郎と行動を共にした者たちがいて、平野国臣や清河八郎らと京で策動するが、久光による尊攘派粛清の寺田屋事件に遭遇する。逮捕され土佐藩に送還された寅太郎を救ったのは、東洋暗殺で藩の政権を握った半平太だった。その後、再び藩を出て京に上った寅太郎は、天誅組を起こして大和で挙兵するが、幕府側によってあえなく鎮圧、文久3年に27歳で戦死する。藩の庇護や助力のない草莽崛起の志士の行動が、最後にどのような結末を迎えるのかは、寅太郎の失敗と悲劇が典型的に示している。寅太郎は土佐の草莽崛起の代表格だった。寅太郎だけではない。結局は龍馬も慎太郎も同じ運命の犠牲となった。長州と薩摩が倒幕の主力となり得たのは、藩が結束して行動できたからである。最後まで革命派が藩権力を押さえられなかった土佐は、遂に龍馬と慎太郎という最高首脳を失い、維新の勢力から脱落する。藩権力を取り、藩を動かして革命を成功させようとした半平太の戦略は間違っていない。ゲリラ兵だけでは正規軍に勝てない。

龍馬伝_12_5それでは、半平太の一藩勤王の戦略が正しかったかと言うと、容堂の佐幕を変える見込みの甘さという点では、結局は判断ミスである。一藩勤王も、草莽崛起も、土佐の下士にとってはリスクの大きな政治選択だった。そして、この問題については国主の容堂に全責任があり、半平太を責めるのは酷に過ぎる。容堂は狡く、特に江戸において、諸藩の尊攘派から尊攘の英明君主としての評判をとるべく立ち回り、人気取りに涎を垂らし、積極的に自分の虚像を売り込んだ。本来は保守の佐幕でありながら、政局や論壇での人気を得ようとして、攘夷派に親近的な素振りを見せていたのである。容堂はポピュリストの政治家であり、尊皇攘夷が時代の主流の思想になっていた政界で点数を稼ぎ、権力欲と虚栄心を満足させるために、攘夷派からの人気集めに腐心した。ポピュリズムの政治をする者はボナパルティズムの政治をする。土佐に限らず、尊皇攘夷に傾く者は圧倒的に下級武士の階級が多かったわけで、容堂は、外見上、自らの支持基盤が上士と下士の二勢力の均衡に立っているような政治的演出(フィクション・見せかけ)を弄していた。その動機は、人気と評判を背景に幕政に介入するためで、介入は名望家のハングリーを満たすためであり、貴族の野心以外に何の理念も目標もなかった。半平太は、容堂に単純に騙されていたわけではなく、容堂の危険で凶暴な保守的本性を十分に承知していたはずなのだろうが、他藩の尊攘派が煽てる「英明な老公」の虚像を壊せず、その御輿を担ぐことを党の政治戦略の前提に据えてしまった。それが半平太の命取りになった。もう一つ、学問的エリート主義の陥穽もあるだろう。

龍馬伝_12_6学問的エリート主義に媒介された容堂に対する錯覚と誤認。南学と国学の同門としての視線が、容堂の学識と人格への過剰な評価に繋がり、それがバーチャルな信頼感や期待感を増幅させたという倒錯的な心理作用。半平太の中でそれが働いて政治判断を曇らせた、あるいは無意識的な自己欺瞞に誘導したと言えるのではないか。現代でも見受けられそうな、あの男は東大法卒だからとか、東大のあの演習生だからという思い込み。龍馬にはそれがなく、学問的エリート主義の観念拘束から自由で、透徹したリアリズムの目で容堂の人格と限界を見抜いていた。東洋暗殺について、NHKの歴史を無視した不当な「動機説明」に対して、政治学的な視角と関心から、もう少し半平太の弁護を試みたい。東洋暗殺には二つの歴史の要素がある。一つは、最初に述べた久光上洛の時機という切迫した情勢。もう一つは、攘夷派浪士による井伊直弼暗殺すなわち桜田門外の変のインパクトである。大老暗殺の一撃によって幕府の権威失墜は歯止めがかからなくなり、尊攘派は勢いを得て公家と結託して暗躍を始め、条約勅許の政局の事態となる。日本の政治権力の中心は江戸から京に移った。そして、激動期の政治の世界でテロリズムが主役になる。革命派は人斬りによる天誅、反革命派は新撰組と見廻組による暴力。桜田門外の変が歴史に及ぼした影響は大きく、結局、そのビヘイビア・モデルは連綿と続いて、2・26事件の青年将校まで引き摺っている。政治変革の手段としてテロリズムの効果が確信されたからだ。半平太は、桜田門外の変の政治を国元の土佐で複製実行し、味をしめ、京で大量にコピペーストして都大路を血で染める。文久のロベスピエール。

龍馬伝_12_7テロリズムを政治の手段として正当視する意図はない。しかし、歴史の事実は事実であり、桜田門外の変を見た半平太が、それを土佐の政治変革に応用する誘惑にかられ、さらに麻薬中毒のように常用するに至った経緯は見逃せない。少なくとも、東洋に対する怨恨や憎悪が半平太による東洋暗殺の動機ではないことを断言しよう。ロベスピエールと同じく、半平太は反革命側の権力テロによって屠られる。文久3年(1863年)8月18日の政変を機に、それまで押せ押せだった尊攘派(革命派)は挫折を余儀なくされ、公武合体派(反革命派)が巻き返して、慶応2年(1866年)の薩長同盟と第二次幕長戦争までの間、京を反革命派の恐怖政治が支配する。土佐は「安政の大獄」が再現される世界となった。最後に、ドラマ第12話で印象に残った久坂玄瑞の場面について触れたい。土佐論については半平太像で失敗している『龍馬伝』だが、長州論については、前回の松蔭と言い、今回の玄瑞と言い、短い時間の登場で人物像を見事に描写して成功していた。第12話で、龍馬が玄瑞になぜ攘夷が必要なのかと問い、玄瑞が不平等条約の貿易協定における金銀交換の詐偽と騙取を説明する。米国と列強は、幕府の世界貿易の無知につけ込み、また武力による威嚇と脅迫による条約の押しつけで、日本から金貨を不当に収奪する交易を軌道に乗せていた。その影響で国内産品が海外に流出し、国内経済は物価高の混乱と疲弊に直面していた。その経済学を玄瑞が龍馬に分かりやすく説明するのだが、その所作と雰囲気がまさに松蔭に瓜二つなのである。脚本と演出がそれを意識している。玄瑞に松蔭を乗り移らせている。松蔭は教育者だった。どのような講義も、相手に合わせて分かりやすく説明し、相手がよく理解することを目的とした。

相手が何が分からないのか、どこで理解が止まっているのかに鋭く関心を寄せ、受講する生徒に徹底して内在し、質問を出させ、それに答え、さらに質問を出させ、掘り下げさせ、生徒を真の理解と覚醒に導いた。それが松蔭の教育手法である。その松蔭の教室(村塾)の面影を玄瑞がよく出していた。玄瑞は松蔭の一番弟子で、ファナティックな性情の革命家だったが、学才は門下随一を謳われ、松蔭を全人格的なモデルにして日常を生きていたから、何かを人に教えるときも、決して知識を徒に披瀝したり、威張って自慢する態度は見せなかった。そういう人間模様が、ドラマではよく描かれていた。

龍馬伝_12_z
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時代考証への懐疑

これまで本ブログでの龍馬伝の批評は静観していましたが、今回は声を上げざるを得ません。大石学・東京学芸大教授、作家・山村竜也の二人が時代考証を行っているようですが、この二人の歴史認識はどうなっているのでしょうか。勿論、この二人だけに原因を帰結するわけにはいかず、脚本家、演出家、プロデューサー、制作統括の各々にも批判を向けて然るべきだと思います。
しかし悲しいかな、この歴史認識の逸脱に気づいている人たちは、極めて少数派です。友人らと話題にしますが、ドラマとしての面白さを賞賛するだけで、歴史認識についての言及は皆無です。私は見ていませんが、昨年に放送された「天地人」も批判が多かったように思えます。NHKはどうなっているのでしょう。このままでは、ドラマの面白さに触れて覚えたものを、知識として蓄えてしまう人も出てしまうのではないでしょうか。

激情ドラマ

 時代考証ということばをもち出す以前に、このドラマが「激情」のくり返しになってしまったことに、すでにかなり食傷ぎみです。
南国土佐人の激しさはよく承知しているつもりですが、毎回毎回怒鳴りあい、喚きあっていて、はたして革命などなされるのか、と心配になってしまいます。当時の志士たちが命を賭して維新にのぞんでいた緊張感がまったく表現できていません。あの我慢強くて冷静な半平太が足蹴にされて血だらけになっただけで、泣きわめくでしょうか。ゲバラと龍馬の比喩がありましたが、それほど高次だった革命の発想も、このドラマからは真摯な革命の予兆すら、いまのところまったく感じられません。作者は革命と暴動をごちゃ混ぜに考えているふしがあります。暴れて斬りあうことが結局何も生み出さないことは、司馬版・竜馬が言い続けてきたことですが、その龍馬像を引き出すための対比であるとしても、あまりに幼稚な構成です。
「世に倦む日日」さんは長州の人物像に関しては見事に描写して成功していた、とされていますが、草莽崛起論の認識はともかくとして、キャスティングでは松蔭も久坂玄瑞も、司馬版「龍馬がゆく」の清廉なイメージからほど遠く、がっかりさせられました。かれらふたりはもちろん激昂することはあっても、はたして大きな目をむいて吠えるでしょうか。
キャスティングとしては加尾と千葉佐那、吉田東洋、そして狂言回しとしての岩崎弥太郎あたりだけが成功していて、あとは龍馬を含めて全員に共感を覚えません。

つづき

9-11以来、ブッシュ政権によって、反政府運動はすべて「テロリズム」ということにさせられてしまい、あのカッコいい「レジスタンス」ということばを聴くこともめっきり少なくなってしまいました。いずれにせよ現政府転覆を画するものには、あふれる「激情」を限りなく抑え、忍耐と苦渋の選択をつづけ,最後の最後に栄光を手にするというドラマチックな結末があるわけです。土佐勤王党の設立時にもそのような大きな忍耐が当然あったと思われるのに、最初から平成体育会系のノリでワッショと言われてもねぇ。
今までのこのドラマに対する僕の批評と、急変してしまって申し訳ないと思いますが、作者と演出家の価値観の問題ですね。
これじゃあなんばぁ感激できんぜよ。

不満

龍馬伝、ずっと録画してきたんですが今回の記事を読んで、そろそろやめようかなという気持になってきました。

不満は、まず配役。
広末さん。ズルして入った早稲田もすぐやめ、結婚してもすぐ離婚するようなこらえ性のない女がいい役についているんで虚心に見れません。違和感横溢。
(それぞれ当人には相当の理由があっただろうし辛かっただろうと同情もしますが、自分はそう感じるんで)ま、このへんはいいや。些事なんで(ファンのひと、ごめんね)。

次の不満は、奇怪千万な映像処理。
これは許容の範囲を超えてます。
ちょろっと見た限りですが、常に西日が当たっている中で演技が行われているように見えます。で、人物の顔がいつもテカっている。セピア調に色も褪せた感じ。あと絵がボケています。「坂の上の雲」と同様。
どういう効果を狙った映像処理なんでしょう。
映画のフィルムの質感を真似たんでしょうか。昔の雰囲気を出そうとでも思ったんでしょうか。

もしフィルムの質感を真似たかったのなら、「鬼平犯科帳」の映像を参考にしてもらいたかった。それが無理ならBSで同時期に放映されている「蒼穹の昂」くらいのレベルで良かったのに。

映画畑出身の人材がいないのに背伸びしたゆえの悲劇ですかね。
余計な処理をする前のオリジナルの映像で見てみたく思います。

No title

最近のNHKの大河やドキュメンタリーを含めた歴史物は見てません。
妙に違和感があるんですよね。
映像の世紀なんて傑作を作ってた局がどうしてこうなっちゃったんでしょうね?
偶然かも知れませんが、小泉・竹中体制になった頃にNHK叩きや民営化論が盛んになりましたが、その頃からおかしくなったように思います。
製作費の問題から民放から時代劇が消える中、最後の砦だったNHKまでこうなんですから・・・
司馬遼太郎の竜馬がゆくもかなり脚色が入ってましたが、今回のは逆方向への脚色が入ってますよね。
司馬さんも相当な米英史観ですが、最近のNHKはそれ以上&自虐的ですからね。

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