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『龍馬伝』第8話を見る - 野中兼山、吉田東洋、吉田茂の類型と系譜

龍馬伝_8_1『龍馬伝』の第8話では、当時の城下の夜の情景が場面として登場していた。何度か映像に出た橋は、おそらく、はりまや橋の想定だろう。龍馬が渡ってきて、夜の繁華街に加尾を見つけるが、方角としては南から北に歩いている。橋の下を流れる川は当時の堀川で、その後、埋め立てられ、現在は高知市内を東西に走る広い電車通りとなっている。はりまや橋を渡った北側が繁華街の京町で、現在も町の名をアーケード街にとどめている。藩政初期、京から井筒屋という呉服屋が城下に来てこの場所に店を開き、藩の御用商人になったことから京町の名前が付いた。高知城下の者たちは、夜の飲み歩きが大好きだから、あの繁華街の殷賑の再現は納得できる。現在、観光ポイントとなっているはりまや橋の地下道に、明治初期のはりまや橋から北側を撮影した写真が展示されていて、この写真の街並みがドラマの時代考証の史料になっているはずだ。『龍馬伝』は背景のセットをよく作っていて感心させられる。当時は道は狭いけれど、商店街の軒の連なり方から想像して、何となく現在より賑わって活気があったような印象すら受ける。はりまや橋から少し東の方向に歩くと、菜園場に半平太の道場があった(当時の新町田淵町)。妻の富子の実家である。小説『竜馬がゆく』では、勤王党の結成と運営で打ち合わせを重ねるべく、西の上町一丁目からはりまや橋を越えて龍馬が足繁く半平太の邸に通う場面が描かれている。  

龍馬伝_8_2現在のはりまや橋交差点。その十字路を東に行けば安芸から室戸岬、西に行けば中村から足摺岬、南に行けば浦戸湾と桂浜。高知市の銀座四丁目とも言えるはりまや橋交差点だが、その東南角に立地していた土電西武デパートが閉店したのが7年前、3年前にビルが解体されて遂に更地の地面になった。今、地方で流行現象となっている老舗百貨店の閉店を貧乏県の高知は先取りしていたわけだが、銀座四丁目から三越銀座店が撤退して、あの角の空間が更地で放置される恐怖の図を想像していただきたい。はりまや橋交差点のすぐ近く、菜園場の半平太の道場へ向かう道の途中に、池上季美子主演の映画『陽暉楼』のモデルとなった料亭「得月楼」がある。また、そのすぐ傍には、河田小龍誕生地の石碑がある。当時、堀川ははりまや橋では東西に流れるが、少し西の新京橋で北に折れ、カギ型のT字になって南北の堀割になる。T字で交差する地点が堀詰で、現在もその地名が残っている。南北に流れを変えた堀川の北の端は江ノ口川に、南の端は鏡川(当時の潮江川)に注ぐ。その名のとおり、堀川は高知城の外堀を成していて、外堀の内側に上士の屋敷が建ち並んでいた。外掘と内堀の間の高級住宅地に屋敷を配置された上士は、馬廻役以上の上級藩吏の家だろう。カギ型に複雑に折れ流れる堀川の南北の線は、おそらく、現在の「グリーンロード」と呼ばれる中央分離帯に植込みのある道路だと推測される。昔は掘があって水路になっていた。

龍馬伝_8_3土佐は七郡。東から西へ、安芸郡、香美郡、長岡郡、土佐郡、吾川郡、高岡郡、幡多郡と並ぶ。室戸岬を含む最も東に位置するのが安芸郡で、ここには、昨夜(2/21)の放送で紹介されたように豊かな歴史と文化がある。土佐は基本的に東の安芸と西の幡多があり、そして中央があるというやじろべえの三角形であり、西が少し大きくて重く傾いている。戦国期、嶺北と呼ばれる長岡郡から出た長曾我部元親が一国七郡を武力で制覇した。長曾我部元親は四国全土を平定する英雄だが、その手法は謀略に次ぐ謀略で、陰惨で卑劣な権謀術数の連続であり、土佐の英雄として仰ぎ拝むべき爽快さがない。元親が統一事業の最初に侵略して攻め滅ぼしたのが、東隣の安芸氏だった。籠城する城の井戸に毒を投げ込まれた安芸国虎は無念の切腹で降伏、安芸氏は滅亡して安芸郡全域は元親の支配下になる。土佐の東を先に押さえ、高知平野から西に侵出、西方諸郡に割拠する土豪を次々と滅殺してゆく。最後に幡多郡の一条氏を滅ぼして土佐一国の統一事業を完成させた。元親の生涯を描いた小説に司馬遼太郎の『夏草の賦』がある。この物語は、元親の正室となる奈々御前がはるばる美濃から土佐に輿入れする場面から始まる。やはり大坂から海路阿波に渡って土佐に入るルート。小説では奈々の父は斉藤利三になっている。元親自身の実母も美濃の斎藤氏から来ている。土佐は美濃と関係が深い。龍馬の坂本家の家紋である桔梗が美濃土岐氏のものであり、明智光秀の娘婿の左馬助が坂本家の先祖だという伝承がある。

龍馬伝_8_4さらに、山内一豊の妻の千代。仲間由紀恵が見事に演じた歴史的な良妻賢母だが、その出自は美濃の郡上八幡の土豪だったと言われている。戦国末期、美濃から大量の血液が土佐に入った。美濃や近江はまさに戦国期の中原であり、最先端の文化と情報が溢れ飛び交っていた地域である。土佐は海路はるかな遠国で、中世まで政治犯の流刑の地である。近畿や京の後背地の視線から見れば、甚だしく未開で野蛮な文化果つる僻地。土佐と美濃、二つの国は人品骨柄が著しく異なった観があり、対照的なエスニシティを示していると思われるし、特に元親の冷血と権謀術数は美濃の遺伝子のなせる業のように見えるが、司馬遼太郎的な想像力に依拠すると、この遺伝子との接触は土佐の歴史に少なからぬ影響をもたらしている。そして、しかし、尾張や大坂から占領軍として進駐した山内侍(上士家臣団)は、260年の歴史の中で土佐の風土に遺伝子が同化変質し、すっかり土佐土着的な人間類型になってしまっている。片時も酒盃を離さぬ鯨海酔侯の容堂がそうであり、剛腹で酷烈な参政の吉田東洋がそうである。藤田東湖が絶賛するほどの当代随一の学才を誇っていた吉田東洋は、和漢の学識で殿様の容堂を圧倒して論破した。教養賛美主義者の容堂は東洋に頭が上がらず重用した。大石神影流の剣の腕も一流で、それがために暗殺の噂を知りながら身辺に護衛をつけず、刺客団とまともに立ち会って遭難の不覚をとる。剛毅、剛胆。吉田東洋の人間を形容する言葉は幾つも探せるが、今、そういう官僚や政治家の人間類型が少なく、言葉(概念)も死滅しつつあるように見える。

龍馬伝_8_5吉田東洋の人間類型を土佐史に探索して、歴史を過去に遡れば、藩政初期の野中兼山に行き当たる。そして、歴史を近現代に下がると、浜口雄幸を経て吉田茂に突き当たる。よく似ている。名字も同じ。己れの才能と手腕を絶対視する有能な独裁者。剛直で強烈な性格。こういう型の官僚や政治家がいなくなった。土佐からは出るべし。一人いる。男ではなく、女だが。話題の人物の村木厚子(現在54歳)。この人は、何やら吉田東洋の遺伝子の臭いがする。もし、事件に巻き込まれなかったら、厚労事務次官になっていた可能性があり、それを逃したとしても、ほぼ確実に県知事(四国初の女性知事)の座を射止めていただろう。誰もが驚くのはその学歴で、高知大学文理学部卒で本省の局長まで昇進した例が過去にどれほどあるだろう。吉田東洋の方は、実際には宮仕えの経歴で何度も挫折を食らっている。優秀で有能すぎ、自信過剰で傲慢であり、すなわち敵が多く、世渡りができなかった。容堂が参政に引き立ててからも、容堂が陪席する江戸の上屋敷での酒席で喧嘩をし、それがために蟄居謹慎をさせられている。嘉永から安政にかけて政務を執った期間は実は短い。容堂の下で独裁権力を握ると、下の官僚は全て自分が塾で育てた子飼いに総替えをした。それがため、東洋は下からだけでなく上からも憎まれた。暗殺の遠因はそこにもある。不覚をとったが、東洋らしいし、自分でもそう思っただろう。自己を神格化し絶対者として君臨したのは、政敵である半平太も同じだった。容堂、東洋、半平太。そろぞれ思想は異なるが、政治的人格として共通するところがある。同じ血が流れている。そして、やはり魅力的に見える。

龍馬伝_8_6さて、ネットの中に三菱グループの公式サイトがあり、ここに弥太郎の詳しい伝記が紹介されている。さすがに「組織の三菱」の面目躍如で、ここまでグループの一体感の強さを見せつけられると、何か痛快な気分にさえなる。この中に弥太郎の詳しい伝記があり、読みやすく分かりやすい。三菱グループが公式に編纂した弥太郎伝であり、歴史として信頼を置いて読むことができる。それによると、弥太郎が江戸に留学できたのは、両親が先祖伝来の山林を売って費用を捻出したからだと言う。倍賞美津子が演じている母の美和は、安芸の医者の娘で、13歳で父を失って城下の藩士の家に奉公に出ている。15歳で母も失い、16歳で長兄の妻の遠戚である親戚地下浪人の岩崎彌次郎に嫁いだ。子どもたちの教育に熱心で、苦しい生活の中で弥太郎を江戸に出したのは、美和の意向が大きかったと伝記にある。美和の残した岩崎家の家訓がある。(1)人は天の道にそむかないこと、(2)子に苦労をかけないこと、(3)他人の中傷で心を動かさないこと、(4)一家を大切に守ること、(5)無病の時に油断しないこと、(6)貧しい時のことを忘れないこと、(7)常に忍耐の心を失わないこと。以上7条。弥太郎も母の美和だけには終生頭が上がらなかった。第8話の弥太郎の帰国と入牢の経緯は、龍馬が絡んだフィクションを除いては事実で、奉行所の門塀に落書きした件も事実である。「官は賄賂をもってなり」、そのとおり。「獄は愛憎によって決す」、この件は検察の小沢一郎捜査を想起させられた。1月におとなしく参考人聴取に応じていれば、秘書3人の逮捕はなく、秘書の在宅起訴で済んで小沢一郎に累は及ばなかった。政局の混乱もなかったのである。司法警察の恣意的な不当裁量は、150年の歴史を超えて合法化され正当化され続ける。

龍馬伝_8_7ドラマでは、龍馬と弥太郎が東洋の前に直訴に出ながら、奉行所の不正の訴えを聞き届けられず、冷酷に追い返される場面があった。史実では、地下浪人で前科一犯である弥太郎を取り立て、出世の機会を与えてやるのが吉田東洋なのである。そのとき吉田東洋は蟄居中の身で、長浜村で塾を開いて教えていた。そこで東洋の薫陶を受けたのが後藤象二郎や板垣退助らで、後の若手改革派官僚たちであり、吉田東洋の政権復帰と共に藩政の要職に就き、東洋暗殺後は半平太によって一時的に退けられ、勤王党壊滅後に藩政中枢を仕切る上士の連中である。弥太郎が東洋に目をかけられたのは、弥太郎に和漢の学識があったことと、身分の低い郷士青年でありながら尊皇攘夷のイデオロギーにかぶれてなかったからだろうか。いずれにせよ、弥太郎は東洋の塾の人脈のおかげで、その後に藩の役人として大坂や長崎に出る機会を掴んでいる。東洋は弥太郎の恩人である。東洋の塾に入る前、安芸奉行所の牢から出獄した弥太郎は、居村追放の沙汰を受け、安芸井ノ口村を出て城下の鴨部で塾を開く。当時は、教員免許という国家資格の制度がないから、知識と学問のある者が私塾を開いて門人を集めるのである。『咲くやこの花』の世界。弥太郎が塾を開けたのは、本人の学識もさることながら、やはり江戸遊学のキャリアが大きかったのだろう。それが資格の代わりなのだ。江戸駿河台の見山塾で1年の留学経験。その実績が門人を集める宣伝になり、教育者としての社会的信用の根拠になるのである。城下で剣の道場を開くべく千葉道場に入門した龍馬と同じ。結局、弥太郎の身を立ててくれたのは、教育熱心で弥太郎の才能を確信していた母の美和だったということになる。

来週、龍馬は再び江戸に戻る。すっかり大人になった佐那が桶町で待っている。

龍馬伝_8_z
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人間への関心

第7話も圧巻の視点の宝庫でした。報道によれば、高知・長崎を中心に空前の龍馬ブームとのこと。経済効果が報じられていました。

第7話にして既に伝説の予感。篤姫・天地人とも明らかに違う、「ハゲタカ組」の進軍。閉塞の時代への挑戦。

「人生で最期の龍馬ブームになる…」

筆者さまのこの断言は、予言を超えて的中の段階に入った観。


私の中の一番の関心は、このドラマが、時代に政治に社会に日本人に、何かを起こせるかどうかです。何かを考える契機にはなっても、果たして変革を起こすきっかけに成り得るのかどうか。

倦んでも仕方ないので、何か自身の足元でできることはないのかと、ブログに紹介のあった美和が残した「岩崎家の家訓7箇条」と弥太郎が自らの日本刀で時代に落書きした真言を自ら代筆し、同じくドラマの観賞を続けている自身の母親に手渡しして、しばし対話の一時となりました。

篤姫の母君もそうでしたが、乙女姉を始め、あの時代の女性には「言葉の力」が光っていたように感じます。自身の経験と思案から、良く練り上げた魂の言葉を、命を継ぎゆく息子や娘たちに託した母親たちの知的情熱。260年に渡る平和社会の賜でしょうか。

私には、格差貧困へののアンチテーゼを忍ばせた、閉塞の時代の変革のための青年への処方を説いた秀作だと読み取る、最下層に生きる若年層が、今この国にどれだけいるかは見当がつきません。龍馬の、人間の垣根を平然と越え行く稀有なキャラクターにだけその衆眺が奪われ、彼を支え、変革させていった多くの先生方や友人知人、名もなき庶民や革命人格の「命や人生の犠牲」に対する真摯な視点がもし抜け落ちてしまったのならば、今年の紅白の審査員と視聴率に国民を誘う企画の延長で終わる危惧の感もあります。

製作者の意図は明確で、役者もスタッフも限界に挑戦しながらの「龍馬伝」ではありますが、果たしてそれを受け取る私たちの感性や受信機の感度は健全であるのかどうか。

「剣で黒船に勝てるかどうか…は、詰まるところ私自身の人間としての内面の問題です」との結論に到った龍馬の千葉道場での勇姿に、私はこの作品への立ち位置を決めています。

封建的民主制

 上のコメントでトリニティーさんも言われているように、大河ドラマ「龍馬伝」のスタッフの方々は、時代劇のストーリーのなかにおなじ国の現代社会の問題を上塗りして二重写しされている気がしてなりません。
土佐の極貧の郷士、岩崎彌太郎家の問題は「貧困」と、庄屋の「搾取」、それに関する奉行所への「贈賄」ですが、その身分制と封建制でがんじがらめの社会が過ぎ、維新があり、帝国主義も消え、もう150年もたっているのに、世界一流の民主主義国家であるはずの現代日本に、おなじ問題が延々とつづいています。いやもっともっと増幅しています。
贈収賄に関しては、実に巧妙に複雑になってしまい、贈収賄の素人である国民の大多数には、「世に倦む日日」さんの解説を読まないと、なにが起こっているのかまったくわからない始末であります。

 「貧困」と「格差」の問題は、しばらく故国を留守にしていた僕にはまさに寝耳に水でした。もちろんこれは、格差大国アメリカ発の世界的傾向だと思いますが、あの貧しい者同士が助け合いつつ生きていた、僕が住んでいたころの日本人はどこへ行ったのでしょうか。
このドラマが、史実を曲げてまで、龍馬が彌太郎の窮地を助けようとして、それが阻まれるという世界を描いている。その理由は、抽象的に貧困と格差の問題を考える以前に、自分のまわりの人間に愛情をもって接し、かれの貧困の窮地を少しでも助けるという龍馬の意気込みを少しでも見習え、というメッセージだと受け取りました。ほんとにもう一度封建制に戻ったほうがマシなんじゃないか、と真剣に考えちゃいましたね。
カサカサに乾いた現代の資本主義を、封建社会と照らし合わせ、根本的に問い直すようなこの番組のスタッフの態度に、強い共感を覚えます。

 ところで「世に倦む日日」さんの土佐情報は微に入り細にわたっておりますが、やっぱり土佐っぽだったのかな。
土佐のこと、龍馬と彌太郎のことを漠然と考えながら暮らしていたら、ずいぶん以前に一度だけ仕事をしたことがあるニューヨークの三菱系列会社から小さなデザインの仕事をいただきました。やったぜ、彌太郎大明神がついてきていただいたかも。私的情報をばらしちゃうのが好きな金魚としては、その担当者の方のご両親が土佐っぽだった、という事実も書かなくてはなりますまい。ユングが言う「共同無意識」ということもついつい信じちゃう昨今であります。

No title

民主党の支持率の低下に一喜一憂する「おまかせ民主主義にどっぷり浸かった」この国の人びとが、「龍馬伝」を見て今の時代に自分はどう生きるかを考える機会になればよいと思います。先ず、おっしゃるように登場する女たちに期待したい。激動の時代に生きた女たちが、時代を見つめ時代を批判する厳しさとともに、男たちを支え励まし、愛する人たちへの思い貫くやさしさを持って存在感ある人間群像として描かれる事、それに励まされて今の時代に苦しみ怒る女性たちが一斉にアクションを起こす事を期待します。第8話では、岩崎家の問題に首を突っ込む龍馬を食事の席でとがめる兄に対して、坂本家の女たちが一斉に兄を批判する場面がありました。女たちは、時代の制約の中で大きなことには関われなくても、身のまわりの家庭や地域の中でおおらかに関係性を発揮して生きようとしている姿に感動しました。

龍馬の活躍も然りです。2004年の大河ドラマ「新撰組」の8月29日の回で、切腹をする直前の山南敬助が、「託す」と書いた遺書代わりの手紙を龍馬に送る場面がありました。その時、山南(堺雅人)の声が「つまるところ、この国を動かすのは、考え方や主張ではなく、人と人との繋がりなのではないでしょうか」(脚本・三谷幸喜)と、背景に流れてきました。薩長同盟を仕掛け、時代を大きく動かす渦中で活躍した竜馬が、ドラマの中で今後どのように人びととのつながりを育み、短い生涯を生きたのか学びつつ期待したいと思います。
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