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『龍馬伝』第二話を見る - 好感の持てる本格的時代劇の製作姿勢

龍馬伝_1週末になると、政治を離れて『龍馬伝』に関心が移る。第二話は、久万川という川の堤防を龍馬が周辺の農民を指揮して築くというお話。こんな話は聞いたことがなく、見る前は興味が乗らなかったが、ドラマの中身は面白く仕上がっていた。久万川は本当にある。高知市の北を東西に流れる小さな川で、東の南国市方面から流れて来る国分川と合流し、川幅を広げて南下して浦戸湾に注いでいる。地図を眺めていると、当時の高知の城下の北辺の境界が久万川だったのではないかという想像が浮かぶ。城下全体の設計において、東辺の堀が南下する国分川で、南辺の堀が鏡川で、三本の河川を大外堀としたのではないか。それから、さらに想像を逞しくすると、北を流れる久万川が黄河で、南を流れる鏡川が長江で、その中間を流れる小さな江の口川が淮水のような、そんなミニチュアのメタファーの趣も感じられる。久万川中流の南岸には、広末涼子が通っていた市立城北中学校がある。久万川は実在するが、ドラマで二つの村の百姓が喧嘩する高瀬村と猪俣村は実在したのだろうか。NHKはそれなりに時代考証の根拠を持っているはずだという意識が働き、つい地図と睨めっこしてしまう。高瀬村はないが、高須村という村が国分川の東岸にあった。元の長岡郡高須村。昭和17年に高知市に編入され、現在は高知市高須となっている。猪俣村を連想させる地名はない。敢えて当て嵌めれば、現在の一宮とか薊野の辺りの村だろうか。  

龍馬伝_2この一帯は土地が低く、高知平野の水が集まる地形で、昔は湿地帯だったに違いなく、洪水被害と堤防工事の話は納得ができる。今から12年前、高知市東部が時間雨量129mm、24時間雨量861mmという記録的な集中豪雨に襲われ、死者8名、浸水家屋18000戸という甚大な被害を出した出来事があった。今で言うゲリラ豪雨の走りのような異常気象であり、後に九州南部(06年)や岡崎(08年)や防府(09年)や佐用町(09年)で発生頻発するものと同じ種類の自然災害だった。知事の橋本大二郎が国に対して懸命に救援を要請していたが、当時はゲリラ豪雨という言葉も概念もなく、単なる大雨被害という程度に中央では軽く扱われ、マスコミも全く関心を持って報道しなかった記憶がある。高瀬村は高須かなと想像を巡らせたとき、1998年の高知市の集中豪雨とその被害の一件が思い出された。城下東辺をなす国分川の堤防は、おそらく設計としては西堤を強固に東堤を脆弱に工事されていたはずで、洪水が起きれば東の高須村が水浸しになって、西の城下を守っていたのだろう。そうこう考えると、藩政下でもこの土木工事は重大で、仮に下士に差配を命じたとしても、任務を請け負った者が藩政府の許可もなく勝手に小倅に任せるという図はあり得ないように思われる。しかしながら、そうした問題は別にして、第二話も第一話と同じく原作者が歴史のメッセージをストレートに視聴者に届けていて、洪水の被害で父親を失った百姓の母娘の姿に感動を覚えさせられた。第一話と同様、身分制封建社会のリアリズムを真摯に描きこむ姿勢がよく伝わる。

龍馬伝_3このドラマは一話一話に完結的なテーマがあり、原作者のキーメッセージがある。一話ごとに真の主人公と重要な脇役の存在がある。第二話の中心は父親の八平で、児玉清の演技が全体の見どころを作り、端役で短い場面に登場した貧しい百姓の母娘の存在がドラマの主張を伝え、第二話の感動を演出していた。時代劇のドラマはそうだった。全体に大きな一つの物語の流れがあっても、一話一話に登場人物とストーリーとテーマがあった。例えば、『子連れ狼』が典型的にそうだった。最近のNHKの大河ドラマは、『篤姫』にせよ、『天地人』にせよ、あまりに女性顧客向けの俗なホームドラマになりすぎて、一話一話の登場人物とテーマの完結性や切れ味が弱かった傾向を否めない。今回の『龍馬伝』は、撮影フィルムの違いからして時代劇らしい。一話完結のオーソドックスな手法が採られ、本格的な時代劇の製作が意識されている。百姓の母娘が登場する場面では、千歯こきが脱穀の道具として使用されていた。日本史の教科書で習い、試験にも頻繁に出題された(懐かしい)千歯こきだが、テレビや映画の時代劇では見る機会はほとんどない。この場面には感動させられた。第二話のポイントの一つで特に印象に残った場面であり、このカットから原作者の知性や想像力が窺える。そして、広末涼子の加尾が龍馬に愛を告白する場面も見事だった。第二話の中の最も大事な見せ場。監督は、わざと広末涼子の表情を隠すような角度で撮っていて、視聴者に想像をさせるのである。巧い。

龍馬伝_4坂の上の雲』では、菅野美穂と原田美枝子の出番が待ち遠しかったが、『龍馬伝』では広末涼子が出る場面がアクセントになっている。そして、広末涼子の出番は少ない。台詞も多くない。こちらは広末涼子の加尾を見たいが、監督は多く見せない。出し惜しみするように、上手に短く見せ、そうすることで視聴者の期待を高めている。画面の中にずっと出ているのは、マネキン人形のようにスタティックな福山雅治の龍馬で、主人公と言うより背景と言うべき存在で演出されている。ドラマの味を作り出しているのは、八平の児玉清であり、加尾の広末涼子であり、弥太郎の香川照之である。広末涼子に本来の演技力があるのかどうかは不明だが、この歴史ドラマにおいては言語力が演技力であり、言語力に長じた広末涼子の演技が華麗に決まるのは理の当然と言える。いい時期にいい配役に恵まれた。そして、メロドラマの基本で攻めた加尾の愛の告白の場面は、2年前のNHKの『海峡』とか韓国ドラマの『冬のソナタ』の迫真の台詞を思い起こさせる。ラブロマンスは基本が大事で、基本に忠実な脚本こそが感動を生む。現在の日本の、特に民放のトレンディドラマは、ラブロマンスのスタンダードを亡失している。脚本家がラブロマンスを知らない。ラブロマンスの古典を読んでおらず、古典に関心を持つ感性と知性がない。もっと直截的に言えば、男女の愛の感動を知らない。愛の言葉を知らず、それをリアルに実感できない人間が脚本を書き、恋愛ドラマとして見せている。具体的に言えば、木村拓哉が出演するドラマがそうだ。そうしたドラマを見て育つ日本の若者たちも、リアリティーのない恋愛の関係を生活にしてしまう。

龍馬伝_5一週間前、第一話の「上士と下士」の放送についての記事で、「下士」という言葉に抵抗を感じた件を書いた。馴染みがなく、司馬遼太郎の説明でも、これまで読んだ本の中でも見たことがなかったからで、それは「郷士」だった。本屋で買ってきた朝日新聞社の新刊本を読むと、その中にわかりやすい解説が図解で示されている。それによると、長宗我部氏の遺臣である下士には六種類の身分があり、上から、(1)新田開発30石以上の「郷士」、(2)勘定方の用務を行う「用人」,(3)藩主の外出時の供をする「徒士」、(4)足軽の組頭などを務める「組外」、(5)戦時に雑兵となる「足軽」、(6)士分の農民で村落の代表者である「庄屋」に分かれる。「郷士」は「下士」の一部として含まれる部分集合の範疇だった。この定義が正確だとすると、今後、「土佐の郷士」としていた表現は消え、全般的に「下士」に改められることになる。大和朝廷がヤマト政権に変わり、任那日本府が加耶に変わったように、歴史の定説が書き換えられる。そしてこれも司馬史観からの離脱の一つとなるだろう。歴史学や郷土史学の研究が、果たしてどこまで真の龍馬像の発見に成功しているのか、すなわち、『竜馬がゆく』の歴史認識を覆しているのか、この機に調べてみようという気になり、何冊かの本をネットで注文した。第一弾として、松浦玲と平尾道雄と飛鳥井雅道と山村竜也。本屋に行くと、夥しい量の関連の新刊本が特設コーナーに並べられていて、クレジットカードで衝動買いしそうになってしまう。本をコレクションする趣味を止めて久しいが、龍馬研究となると財布のヒモが緩む心理を抑制できない。おそらく、人生の中で最後の龍馬ブームであり、時間をかけて龍馬研究する機会なのだ。

龍馬伝_6キャストの点で少し不満があり、大森南朋の半平太は少し納得ができない。『ハゲタカ』のファミリーでチームを組むという事情なのだろうが、慎太郎役に配された上川隆也の方が印象が適している。上川隆也を半平太に回して、慎太郎役は劇団系から(『大地の子』の上川隆也のような)無名で有能な新人を発掘し、主演の福山雅治を食う演技をさせるというキャスティングの妙をトライして欲しかった。龍馬のドラマにおいては、半平太の存在が決定的に重要なのである。小説にせよ、ドラマにせよ、何にせよ、龍馬を描いた歴史物語では、前半の主人公は龍馬と半平太の二人であり、半平太の絶命で前半が終わる仕組みになる。前半の最後で半平太が死に、後半の最後で龍馬が死ぬ。そういう物語だ。半平太は文武に秀でた英雄であり、男子の人物として最高の英雄であり、また革命の目的のためには手段を選ばぬ権謀術数の政治家であった。こういう人間像はそれに適した優等生で正統派の俳優を当てる必要があり、性格俳優に演じさせるのは適当ではない。寅太郎の配役が気になる。寅太郎も慎太郎も半平太の道場に集まった俊秀の門下生だった。四人はそれぞれ個性が異なり、思想が違い、生き方を分け、それぞれ歴史に業績を残した。このドラマの楽しみの一つに、壮大な規模のロケのセットがある。幕末の高知(城下)を再現したもので、第二話では龍馬と八平が傘をさして歩く背景として映っていた。この大掛かりなセットは広島の福山に作られていて、そこで撮影されている。歴史考証のNHKが再現したのだから、相当に入念に当時の町並みが研究されているのに違いない。

福山雅治と児玉清が第二話のラストで歩いていた通りは、当時の城下で最も繁華な商店街が想定されているはずで、となると、はりまや橋から上町にかけてのどこかの地点、例えば帯屋町から大橋通りの界隈を西方向に歩いているという図になるのだろう。同じように、『坂の上の雲』が明治初年の松山の町を再現し、菅野美穂が本木雅弘を何度も見送る三津浜港を再現していた。あの映像に出てきた松山の街路は市駅の前だろうか、それとも三越のある大街道の辺りだろうかと、想像を膨らませながらテレビを見ていた。『坂の上の雲』の松山も、『龍馬伝』の高知も、ドラマで再現された当時の町並みは、現在とは全く景観が違う。洋服に着替える前の日本人の着物姿のように、木造の平屋の家々が未舗装の通りの両側に軒を並べている。時代劇で見慣れた江戸の町や京の町とは趣の違う、田舎の城下らしい風情が出ている。いい感じだ。

龍馬伝_z龍馬伝_z1

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懦夫

今回の龍馬ブームに関しては今のところ、二人のコメントが印象的です。

まず、内田樹さん。
氏はご自身のブログで
「坂本龍馬がこれほど国民の支持を集めるのは、実際の龍馬がどんな人物であったかとは無関係。龍馬像として巷間伝えられるすがたが、我が国における指導者として至高のものであるため」
そんなことを述べています。

なるほど。

もう一人は池澤夏樹さん。
朝日の夕刊だったかで、
「司馬さんが国民的作家として遇され、坂本龍馬が支持されるのにはもっともな理由があるだろう。が、歴史はいつ現れるかわからぬ天才だけでまわるものではない。だから自分はドラマ化がもし可能なら、たとえば大岡昇平のレイテ戦記のドラマ化こそを望む」

こんな感じ。加藤周一の立場と同じですね。これも、なるほどと思いました。

で、自分としては、これほど国民の支持を受ける人物について再度、しかも天下のNHKでドラマ化されのなら、懦夫をして奮い立たしめるようなシーンも、ひょっとしたらあるんじゃないかと思ってます。

で、毎回録画してます、「竜馬伝」。




西郷伝

連投すいません。

指導者といえば、鹿児島あたりではもちろん竜馬よりも西郷ですんで、来年は「西郷伝」を大河ドラマ化してもらいたいですね、NHKさんには。

西郷さんの生涯をバランスよくドラマ化することの難しさは竜馬伝の比ではないと思いますが、いずれはやらねばならない仕事だし、NHKにしかできないことだと思います。
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