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中谷巌『資本主義はなぜ自壊したのか』を読む (2) - 政治と転向

中谷巌(2)_1昨夜(1/29)放送された NEWSWATCH9 をご覧になられた方も多いだろう。中谷巌が映像で出演して、新自由主義からの転向を語っていた。NHKが特に焦点を当てて引き出したのは、「日本企業の強さは現場の一体感であり、派遣切りはそれを損なう」というメッセージだった。「社会の歴史や文化の問題を無視して経済学の論理だけで構想を立てることはできない」点も強調されていた。港区で開かれている中谷巌の「講座」にカメラが入り、そこには大手企業の若手幹部が「学生」として聴講していて、中谷巌の新自由主義批判に対して激しい反論を加えていた。曰く、「派遣がいいという人間もたくさんいる」、「資本主義や市場原理主義を批判しすぎだ」、「アメリカの資本主義があったから日本経済はここまでよくなったのではないか」。現役の新自由主義者の小僧たちの威勢のいい弁である。私は鼻で笑いながら見ていた。品川でのこのセミナーは企業が金を出して社員に参加させているもので、社員たちの自前ではない。外部研修は企業が経費削減をするときは最初にカットが及ぶ費目である。  

中谷巌(2)_2小渕内閣の「経済戦略会議」で議長代理をしていた頃の映像も出た。「頑張った人は報われて、頑張らなかった人は苦しい思いを我慢してもらう社会に変えないといけない」。10年前の中谷巌がそう言っていた。こうやって映像が生々しく出ると、今回の転向と懺悔についても再度考えさせられる。中谷巌は本の中で、新自由主義の言説は支配者たちが自らの支配を固め、財産を増やし高い地位を守るための支配のツールだったのではないかと推測している。「新自由主義の旗を振っていたアメリカのエスタブリッシュメントたちは、最初からグローバル資本主義が人々に対して平等に機能することなどありえないことが分かっていたのであろう。そして新自由主義的な言説が広まれば広まるほど、自分たちに有利に働くことに気づいていたのではないか」(P.111-112)。10年前の中谷巌はそうではなかったのか。まるで他人事のように言っているが、「経済戦略会議」で提言を出し、提言で出された構造改革が丸ごと政策執行され、法律と制度を変えて行ったから、現在の日本の格差と貧困の現実が生じたのである。

中谷巌(2)_3中谷巌の不徹底は、「改革」に対する認識のところにもよく現れていて、小泉改革は政官業の癒着に楔を打ち込んだとか、構造改革には一定の意義があったなどと言い、「改革」が郵政資金の公共投資への流入を止めた点を積極評価している(P.29)。小泉内閣がどれほど官僚や自衛隊に予算の無駄遣いをさせて赤字国債の残高を膨らませたかの事実認識がない。郵貯と簡保は財政投融資には流れなくなったかも知れないが、メリルリンチとオリックスに献上されるのであり、ガイトナーの経済政策の原資になるのである。この点と関連して、「改革」という言語そのものに対する緊張感がなく、日本の新自由主義者が「改革」という言葉を巧妙にスリカエて、本来は一般国民が受容できない政策を納得させた詐術についての意識がない。「改革」という言葉の欺瞞性とイデオロギー性に対する正確な知覚がない。この点は実は金子勝も同じで、10年前も改革論者の一人だったように、現在でも「真の改革」などと言い続けている。「改革」のイデオロギー暴露の地平に立っていたのは、唯一、賢者である内橋克人だけだった。その状況は現在も変わっていない。

中谷巌(2)_4もう一点、中谷巌の自己欺瞞について思うところがあり、それは、この本のきわめて重要な主題に関わるが、留学した中谷巌が圧倒された米国社会の豊かさというのが、実は新自由主義の経済政策ではなく、ケインズ主義の経済政策によって戦後の米国にもたらされたものだったという事実で、中谷巌はその点を錯覚していたと言っている(P.41)。現在、米国では、クルーグマンの『格差はつくられた』やライシュの『暴走する資本主義』が読まれ、1945年から1975年までの30年間の米国が、所得格差を縮小させた「大圧縮の時代」だったという認識に立ち至っている。戦後の豊かな米国とは、累進所得課税による再分配と社会福祉制度と労使協調によって構築された中産階級の繁栄そのものだった。中谷巌が留学した1968年と言えば、まさに米国が中産階級の繁栄を謳歌している時代であり、それがどのような経済政策と経済理論によってもたらされたものか、中谷巌に知識がなかったはずがない。ケインズは安定と均衡のために平等化を志向する。新自由主義は格差を広げることが経済の成長に繋がると言う。中谷巌が新自由主義に組したのは、それなりの動機と理由があったからだろう。

中谷巌(2)_5それは、おそらく政治的な立場の問題だ。ケインズの左側には社会主義がある。ケインズは社会主義と新自由主義の中間に立つ。ケインズと新古典派の対立と角逐は、「大きな政府」と「小さな政府」という問題以上に、社会主義に対する融和か拒絶かという問題が大きいのであり、「大きい」か「小さい」以上に、「左」か「右」かの立ち位置の問題なのである。60年代は冷戦の時代であり、米国でも日本国内でも左右のイデオロギー対立と政治的緊張があり、大学の環境はそこから自由ではなかったし、社会科学の学問の世界にもそれは確実に投影されていた。誰も自由ではなかったのであり、自由主義経済の西側世界に生きながら、各自は社会主義という問題に対して各自の距離感と態度を持たなければならず、何かの本を開けばそのことが書かれていたのである。現在とは違う。だが、中谷巌は、その左右対立の政治環境の中で若い頃に何を考えていたかは何も語っていない。捨象している。「社会主義」という現実や問題に対峙する必要のない現代をそのまま60年代に遡らせ、その環境設定の下で、読者に「アメリカかぶれ」とアメリカ近代経済学の虜になった若い自分を説明するのである。ここには少し嘘があると思われる。

中谷巌(2)_6簡単に20世紀の歴史を復習すれば、社会主義という強敵が出現したために、資本主義はケインズ主義に修正せざるを得なかった。そのままの資本主義を続ければ、格差と貧困が蔓延して、革命が起きて資本主義が潰されるからである。そして80年代に入る頃、社会主義の方が先に潰れたために、資本主義はケインズ主義をやめることができた。革命の心配がなくなったからである。対立する敵が消滅して、資本主義はピュアな資本主義に戻り、それをグローバルなシステムにオーガナイズした。経済や経済学を考える場合、特に20世紀の後半にその世界にいた人間であれば、このような大きな見取り図の下に全ての人間が生きていて、その中で新自由主義の立場に立つということは、まさにハイエク的な(渡部昇一的な)社会主義に対する強烈な拒絶と嫌悪を動機として持っていたことを意味する。レーガンとサッチャーの新自由主義が支持されたのは、社会主義に対するアンチパシーが西側世界で一般化したためであり、その大きな原因は社会主義(計画経済)の経済発展の不可能性が現実に明らかになったことで、他の小さな要因として中ソ対立とチェコとアフガンへの軍事侵攻がある。社会主義の敗北と消滅がケインズの意義を貶損させ、その説得力を無意味化したのである。

中谷巌(2)_7あらためて、中谷巌は米国で何を勉強したのだろうと思う。その経済学は学問と呼べる中身のある理論だったのか。中谷巌が「構想は経済学の理論だけではなく歴史や文化や哲学を踏まえた上で」などと言うのを聞くと、中谷巌が勉強した「経済学」というのは、よく古館伊知郎が批判して言うところの「金融工学」と同じものだったのではないかと思われてならない。難解な微積の数式表現が華麗に並んで説明されるために、人は怖気づいてその眩い「経済学理論」を偶像崇拝してしまう。ウォール街の「金融工学」が世界中を騙しながら米国の投資銀行に巨万の富を与えたように、米国の「近代経済学」も米国に世界のマネーを集めるシステムを構築し、米国に消費経済の繁栄をもたらせながら日本に貧困をもたらせたのである。中谷巌の議論に学者の品格や品性が感じられないのは、その「経済学」が「金融工学」と同じ空疎なモデルだからだ。人々の生活や幸福には何の力にもならない理論だからであり、人々の生活や幸福には関心のない理論だからである。だから、本当のところでコミットしていなかったから、中谷巌は葛藤を感じることなく転向を遂げた。中谷巌が猛勉強したのは、きっと経済学ではなくて英語だったのである。身につけたのは英語であり、外国人留学生に教える方も本当はそれが目的だったのだ。

中谷巌(2)_8経済学を勉強するのは何のためだろう。日本経済をよくしたいとか、どうすれば国民の経済と生活をもっと豊かにできるかとか、経済発展と自然環境を両立させるにはどうすればよいかとか、現在の矛盾と課題をどう克服するかとか、そういう経世済民の動機があるから学問をするのである。1960年代の日本の経済学者は、政治的立場の左右を超えて、また老壮青の世代に関係なく、そういう意気溢れる人間が犇き合っていて、活発に日本経済のあるべき姿を論争していた。米国に渡ったときの中谷巌に、日本経済をどうするべきかという真剣な問題意識があっただろうか。もし中谷巌にそういう基本的な問題意識があったなら、英語のテキストで学ばされている難解な「理論体系」が、日本経済の問題解決や将来設計に何の役にも立たない「理論体系」であることが理解できただろうし、米国の経済学世界が、古きよきケインズから離れて怪しげな新自由主義の方向に流れている状況を察知したことだろう。中谷巌がむしろ積極的に新自由主義の流れに乗り、新自由主義者の急先鋒の論客として日本で活躍したのは、その政治的立場にコミットしていたからである。そして、中谷巌の「米国近代経済学」が、学問ではなくて単なるパスポートだったからである。中谷巌は、米国へ行ってから「かぶれた」のではなく、日本にいる時から最初から「米国にかぶれて」いたのだ。

「米国経済学」は学問ではなくパスポートだった。だから、多摩大学で学問を一から勉強し直したのである。

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No title

私達がブラウン管を通してあこがれた米国の姿はまさに60年代の中間層の生活だった気がします。
今の米国の姿では無いですよね。
マスコミは殊更に米国の影の部分を隠して報道しますが、それでも現在の米国は魅力的には思いませんね。
映画の中でもそうです。
モラルや思いやりの無い自己中心的で我利我利亡者になった米国そのものが写し出されてるような気がします。

確かに米国市場があったから日本はここまで来れたのは間違いない事実です。
しかし85年プラザ合意に至るまでは、日本型資本主義(社会主義と言う人もいるが)で高成長して来たのも事実です。
日本の資本主義体制がどうであるかの議論には適切な視点では無いような気がします。
それぞれの国民性、国柄にあった経済体制が一番望ましいんじゃないでしょうか。
それにプラザ合意後は円高があるにしても新自由主義改革を受け容れて相対的に弱体化したのもまた事実なんじゃ無いでしょうか?
金融ビッグバンで弱体化し、小泉改革で弱体化したのも偽らざる事実です。
小泉改革後の景気回復は主に外需依存の円安によるものだと私は思っております。
税制や規制改革で家計から企業への所得移転が進んだのも大企業の利益増大に繋がったものと思っています。
一方の国内経済は相変わらずのデフレで名目成長率の低迷は変わりませんでした。
パイの大きさはさほど変わらずパイの分配比率が変わっただけだと思っています。
家計や地方の富が東京と大企業と外資と株主とアメリカに移転しただけなんじゃ無いかと。
案の定、金融危機後の円高と外需の急激な減少は他の先進国以上に日本に打撃をもたらしました。
改革をやる前ならここまで落ち込む事は無かったと勝手に思っております。
外需依存率は96年の9%から07年には16%急増しておりましたから。
今回の金融危機では日本は乗り遅れたおかげで軽傷で済むと言う見方は甘かったですね。
円キャリの逆流による円の独歩高と併せて非常に厳しい状況です。
IMFの予測によりますと今年度の成長率は先進国で一番低くなりそうですし。
10-12月期のGDPは民間の予測によりますとどうやら二桁減になりそうです。
本来なら他所の国と同じく大胆な財政政策・金融政策による内需拡大路線を取るべきなんでしょうが、政府・日銀は相変わらず対応は遅くて・小さいんですよね。
マスコミもたかが2兆円の給付金叩きをやっておりますし。
1桁少ないぞ、もっとばら撒けと言うんなら別ですが。
未だに政府・日銀、マスコミ内では新自由主義勢力が強いようです。

No title

>頑張った人は報われて、頑張らなかった人は苦しい思いを我慢してもらう社会に変えないといけない。

こんな理屈に説得力が有ったのも、不思議な話だ。
理想論としては、明らかに夢も志もないし、「本音」で(言い換えると、偽悪的・露悪的に)考えても、私は私自身が報われればそれで良いのであって、他人が努力したか否か等、本来興味は無い。

さらに考えを進めると、自分の努力が報われる為には、自分のサービスを買ってくれる客層に経済的余裕があることが重要と気付く筈だ(そいつが、どの程度努力してるか等、二次的な問題だ。)
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