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クローズアップ現代 「"助けて”と言えない」 - 社会科教育の責任

「助けて」と言えない_1一昨日(10/7)、クローズアップ現代で『“助けて”と言えない』の放送があった。ホームレスになる失業者の中で、最近、30代の若者が特に増えていて、彼らに特有の傾向として、自分一人で悩みを抱え込んでしまい、周囲に救助を求める信号を発信できない問題が取り上げられていた。構成もよく、取材映像も解説も内容が深く、秀逸で完成度の高いドキュメンタリー番組に仕上がっていた。NHKは素晴らしい。今回の番組では、特にゲストの平野啓一郎のコメントが印象的で、一言一句、聞き洩らせない重要なメッセージが提示されていて、触発され、感動を覚えさせられた。平野啓一郎は最後にこう言った。「社会の中で抱え込まされたトラブルを自分の人格のせいだと考えるのではなく、客観的に捉えて家族や友人と関係することが大事だ」。要点を衝いている。私が思ったことは、この若者たちに学校で社会科を教えた教師は、一体何を教えたのかということだった。生き方を教えるのは社会科の教師の任務だ。倫理を教えるのは社会科の教師の仕事だ。生徒たちが将来こういう状況に追い込まれたとき、生きる知恵や立ち向かう勇気を呼び起こさせるようにすることが、社会科を教育するということではないか。個人が社会の中で問題を抱え込まされたとき、それをどこまで客観的に捉えられるかは、まさにその者の社会認識の何如に関わっている。この問題は社会科の教師の責任だとは言えないか。  

続きの内容をレジまぐ版に公開しました。コメントはこちらの方にお願いします。

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「助けて」と言えない_z3


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コメント

非公開コメント

No title

昔、カナダで生活していたとき、1990年代終わりですが、そろそろ90年代始めにアメリカから北上してきた新自由主義による公共サーヴィス、文教予算、社会福祉カットが一段落したころのことです。現地の友人で大学で奨学金が打ち切られ、タクシーの運転手をしながら、生活を支えていた人がいましたが、疲れた顔をしながらぼそりと言った言葉があります。"Modern slavery."  今、日本で使い捨てられ、さらには店晒しの憂き目に遭っている若年労働者たちの状況を見るにつけ、思い出される言葉です。現行憲法の第25条の背後には人類が文明化し、奴隷制から抜け出してきた長い歴史があるというブログ管理者殿のお言葉には全面的に賛成します。新自由主義はその長い歴史を少なくとも19世紀前半くらいまでは逆行させようとする壮大な(そして悪魔的な)実験なのでしょうか。
それにしても日本での脱構築主義の受け止められ方は妙に軽佻浮薄で、気になります。

No title

「アルバイト(パート)なら仕事はあるだろう?」・・・無知な人間が好んで使う常套句。
アルバイトやパートの求人でも、30歳を超えた者はかなりの高確率で門前払いを食らうのが現実なのに。
過去、求人企業の担当者が私に発した言葉。
「30ウン歳の男性がパートですかぁ?(笑いながら)」
「他に仕事は無かったんですかねぇ?(嘗め回すような視線で)」

恥を知る

恥を知るという感覚がどこかに残っているのでしょうか。その一方で恥知らずが多い。

No title

私は、20半ばの男ですが、中学・高校の社会科の授業で、心を揺さぶられるような授業の記憶が全くと言っていいほどありません。社会科について、そして社会科学については、世に倦む日日様のブログを通して、学んだように思います。アインシュタインは、『学校で学んだことを、一切忘れてしまった時になお残っているもの、それこそ教育だ』と言っているのですが、社会科の授業に関して言えば、「その種のもの」が一切心に残っていないのです。やはり、教師に人間的魅力が欠けていたのであり、懸命に魂に訴えようとすること自体が何か「ダサい」だの「キモい」だのなんて思っていたんでしょうかね。人間としての個性とか生臭さとかを削ぎ落とした教育で、人間を作ることなんかできません。

今村勇輔という方がこの回のC現代を採録しています

。はてなブックマークは894個同メタブクマも22個付いています
http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/Imamura/20091008/help

No title

脱構築は倫理を教えないことはありません。むしろ、「反本質主義」の立場から、相互行為による「倫理=共同体的諒解」の存在を前提をとします。単に、それが「永遠不変」ではないだけのはなしです。

新千暖荘さんへ

管理人さんの意見には毎回勉強させて頂いてます。
ありがとうございます。
多分、今の私は反抗期なのでコメントへの横レスという愚かな行為をお許しください。
新千暖荘さんの恥知らずが多い、と言うのはどういうことでしょう。
様々な感性や価値観があるなかで余りにも抽象的過ぎて解りにくいです。
不思議な話ですが、他人に気を遣わせないように無邪気に振る舞ったことが傍若無人に他人の目には写る場合もありますが本人は他人に気を遣っているという場合もあります。
他人に気を遣って今回のように周りに伝えないことが迷惑と言うか悲しみを生んだりします。
悲しみを迷惑とは言いたくないのですが、プライドと言うか気遣いだったかもしれないことが迷惑になってしまうこともあり、今回の場合は迷惑をかける、甘えることが出来なかったから起きた悲劇だと思います。
それは甘えを許さないという構造が偏って出来上がってしまっているからだと思うのです。
私はどちらかというと他人を怒ったりするほうが恥だと思っています。
甘いかもしれませんが色々な人がいるんだなぁ、みんな違うのだなぁ、
でも誰も悪いことをわざとしてる人は居ないんじゃないかなぁと思っています。
経験値の高い出来上がった正しい価値観で一言を言われると押し付けにも感じられ今は反発したくなります。
学校の先生、お父さん、お母さん、みなさん、ごめんなさい。

大切なこと

今回の記事で、

>私が思ったことは、この若者たちに学校で社会科を教えた教師は、一体何を教えたのかということだった。生き方を教えるのは社会科の教師の任務だ。倫理を教えるのは社会科の教師の仕事だ。

という部分、正にその通りだと思います。しかし、現実には,この内容は受験に関係ないため、力を入れることができないのでしょう。また、日教組は基本的に道徳教育には反対のようです。

ブログ主さまは、造詣が深いのでご存知かもしれませんが、最近の若者はソーシャルスキルが低いと言われています。つまり、人間関係を上手に構築できなくなっているようです。とくに年の離れた人(年上の人)と人間関係を築くのが、非常に苦手です。これは、企業内の人材育成に関わった経験から、よくわかります。

では、同い年の仲間とは簡単に人間関係を構築できるかというと、これも一見、仲がよさそうでも、実は表面的な関係にとどまっています。若者の日常会話などを聞いていると、話がかみ合っていないにもかかわらず、適当に調子を合わせているように感じることがあります。

つまり「本音で語り合える友人」がいないというのが実態のようです。これは、学校教育だけの問題ではなく、家庭での教育も関係していると思います。

ところで、コメント欄に「アルバイトやパートの求人でも、30歳を超えた者はかなりの高確率で門前払いを食らうのが現実なのに。」というご意見がありました。現在は、法令で年齢による制限は禁止されているはずです。また、私が仕事でお付き合いしている会社(しっかりとした会社です)では、担当者が募集をしても40代以上しか応募がない…と嘆いておりました。詳しくはご紹介できませんが、「現場の仕事(作業)」なので、若い人の応募がないのかもしれません。しかし、正社員登用の道も開かれているのに、残念でなりません。

「国民の生活が第一」というスローガンを掲げているのであれば、年齢や性別で足きりをしてはばからないような企業は、取り締まってもらいたいものです。

まとまりのない感想で失礼しました。

同世代

自分を見つめなおす機会をもらえた特集だったと思います。
内面の変化は周りとは関係ないと思うので甘えることも、本音を語ることも自分に許してあげられると良いですね。

「『反動』に走る若者」 今こそ、憲法教育が必要では。

いまこそ、憲法教育が必要ではないでしょうか。
申し上げるまでもなく、近代立憲主義以降の憲法の目的とは、
国家権力の濫用を防止し、個人の尊厳と自由を確保することにあります。
(判例・通説である間接適用説、つまり私法の一般条項・概括条項の判断に
憲法の趣旨【主に人権】を取り入れて解釈することによって
間接的に私人間の行為に憲法を適用することによって、
大企業等による社会的権力の濫用防止も可能)

憲法に規定してある諸権利・諸制度は、
人類の長年にわたる闘争と多くの犠牲の結果、
獲得したいわば“血と汗と涙の結晶”であります。

これをないがしろにしようとしているのが「反動勢力」です。
すなわち、多年にわたる先人たちの努力を無駄にしようとしているのが
新自由主義勢力や排外主義的ナショナリズム・人種(民族)差別主義勢力です。
これらの反動的イデオロギーを内面化している人たちが、主にネット上で顕著にみられます。

かつて、世に倦む日々さんが、
<新自由主義の「小さな政府」は古代奴隷社会への退行原理である>
( http://critic.exblog.jp/3359140/ )
( http://critic.exblog.jp/3302826/ )
と書いておられましたが、まさにそれだと思います。
新自由主義イデオロギーは、近代以前の社会保障も基本的人権も何もなかった時代に戻りましょうという
反動的イデオロギーであり、それを声高に支持する人たちの様子について、
「この五年間以上にわたるイデオロギー注入が成果を上げて、
感化されて新自由主義のロボットになったネット上の年若い市場原理主義者たちが、
竹中平蔵の口真似をして、一生懸命にブログで福祉切り捨てを絶叫している」と世に倦む日々さんが指摘しています。

新自由主義イデオローグの筆頭が竹中氏ですが、いまでこそ以下のようなことは言ってませんが、
かつて、彼が主張してきたのは、「社会保障は、人のものを強奪することを正当化するシステム」(竹中氏著『ITパワー 日本経済・主役の交代』)、
(社会保障は)「集団的なたかりみたいなもの」(竹中氏著『経済ってそういうことだったのか会議』)という「社会保障不要論」です。
まさに、憲法無視、とくに憲法25条をないがしろにした、それこそ産業革命期以前の状況に戻せと言っているような主張です。
個人の尊厳はふみにじられ、イオン様がおっしゃっているModern slaveryが正当される社会が竹中氏の理想なのでしょうか。

第二に、新自由主義や極右思想を内面化していない若者であっても、
たとえば、非正規労働者の彼が、失業手当受給の要件を満たさない間に、
クビを切られたため、当然の権利の行使として、役所の窓口において生活保護を申請しようとしても、
悪質な“水際作戦”によって、申請書すら渡してもらえず門前払い、あるいは
苦労してなんとか受給できたとしても、なんだかんだと因縁をつけられてすぐに支給停止(“硫黄島作戦”)される
可能性が非常に高いのが現状です。
つまり、権利行使の実効性を確保する制度的保障がほとんどないのが現状なのです。

これは生活保護に限りません。湯浅氏はかつてこんな指摘をしていました。
>生活保護は「最後のセーフティーネット」と言われています。
>「最後のセーフティーネット」という言葉から浮かべるイメージは、
>手前に他のセーフティーネットがたくさんあるような感じがします。
>手前にたくさんあって、生活保護は本当に最後の最後にセーフティーネットとしてあるんだというイメージでしょう。
>ところが、手前のセーフティーネットは実際には何の役にも立たないので、
>生活困窮者のすぐ隣に生活保護があるという状態なのです。
>ですから、生活保護が事実上、多くの生活困窮者にとって、「最初で最後のセーフティーネット」になっているのです。
http://ameblo.jp/kokkoippan/entry-10317581530.html

その「最初で最後のセーフティーネット」ですら、困窮者に対して、“水際作戦”“硫黄島作戦”という非人道的な仕打ちが横行し、
日本のカバー率は、16~20%に過ぎません。
他の先進国、たとえば、イギリスなら90%、ドイツなら70%カバーしています。
http://www.rofuku.net/kadai/data/07-3-seikatsuhogo.pdf

ちなみに、最近できた「新しいセーフティネット」である
「緊急人材育成・就職支援基金」についての湯浅誠氏の報告を
世に倦む日々さんが以下の記事で説明しておられます。
http://critic6.blog63.fc2.com/blog-entry-151.html
>湯浅誠の説明では、厚労省が情報を周知させておらず、
>事業を本気でやる意思がなく、失業者にとっても使えない(意味のない)制度であるため、
>こうした現状になっているのだと言う。
>記事によれば、7000億円のうち、「中央職業能力開発協会」が受け取る3年間の事務費は49億円で、
>さらに、そこから孫請けの「雇用・能力開発機構」に出す3年間の業務委託費は289億円。
>カネは失業者ではなく天下り法人に無駄に吸収されている。

つまり、この新制度もセーフティネットとしては、あまり「役に立たない」「使えない」制度なのでしょう。

以上、から、この現状を変えるためには、
(1)近代以降の立憲民主主義の歴史と思想を内面化するために学校は若者に憲法を体系的かつ徹底的に学ばせることが必要、
(2)25条をはじめとする基本的人権行使の実効性を確保するための制度的保障を政府は実現することが必要、
であると思います。

「社会科」はありません。

 今は、中学・高校とも、「社会科」はありません。
「地歴(地理・歴史)」科と「公民」科があります。
教員免許も別です。昔「社会科」で免許を取った先生は、
どちらも教えられますが。
 戦後に登場した「社会科」を 「社会科」を解体させた
文教行政は、社会の権利主体としての国民という概念を
解体させ、戦前への復古を想定していたのだと思います。
そのことは、教育基本法の改悪への流れへとつながったと
考えます。

No title

なんと、あの番組を文字に起こした方がいらっしゃいました。
テレビを見逃した方は是非!

Imamuraの日記
http://d.hatena.ne.jp/Imamura/20091008/help#c

クチナシさんへ

コメントに気付かず申し訳ありませんでした。周囲からみれば、私も生活保護受けたらと言われかねない身です。でも、そうはしないでしょう。豊かな人達こそこれでもか、これでもかと求め続けます。そういうところも含めて、特に政治家は、恥知らずが多いとの思いで出た言葉でした。余りにも短く、twitterの癖が出てしまいました。お許し下さい。
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