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森喜朗の登場 - 本当に単なる「ベンチの中の掴み合い」なのか

森喜朗_1本日(7/16)のTBSの「朝ズバ」に森喜朗が出演した。私は昨日の記事で、週末の政治番組に森喜朗が姿を現わして「総総分離」で事態を収拾すると予想したが、かなり早く動いてきた。森喜朗の動きも早いが、TBSの「朝ズバ」の番組が実によく情勢を把握捕捉していて、視聴者の関心をリードするように見事なタイミングで政局を追跡している。スタッフが優秀と言わざるを得ない。TBSの「朝ズバ」とテレ朝の「スパモニ」が、現在の国内のテレビ番組の中で最も詳しく政治を報道している。この二つの朝の番組には渦中の政治家が生出演して視聴者にメッセージを届ける。久米宏が「ニュースステーション」をやっていた頃は、テレ朝の夜の久米宏の番組が最も新鮮で明快な政治報道を提供していた。時の人を必ず真っ先にスタジオに呼んで生出演させた。時局の中心にいる政治家は、この番組をターゲットにして発言したし、番組は旬の人物を見逃さなかった。そして久米宏は、われわれが聴きたい質問を率直に政治家にぶつけ、彼らから本音の回答を聞き出すジャーナリズムの努力をしていた。そのため、当時の久米宏は自民党の権力者から目の敵にされ、同時に存在を恐れられて一目置かれた。「報道ステーション」は政治家を呼ばない。古館伊知郎と一色清の雑談で適当に済ます。二人の頭が悪く、ゲストを相手にまともな質問や議論ができないからだろう。   

現在、レジまぐ にシステムの不具合が発生し、本文の登録ができない状態になっています。システムの復旧が遅れているため、、FC2版に本文を上げます。

森喜朗_2夜のニュース番組である「報道ステーション」よりも、朝のワイドショーの「朝ズバ」の方が、政治報道のレベルとクォリティが高い。これは何を意味するのだろう。無論、民放テレビ局全体の質の低下や人間の出鱈目さの問題はあるが、仮説として、現在の政治報道の視聴者のコアが高齢者層になっているという事情が少なからず影響しているのではないか。昔は勤め帰りのサラリーマンがコアだった。久米宏の時代、日本の中産階級が健在な時代、非正規労働の問題などなかった時代、この時間帯のニュースに国民の視線が集中し、情報を全体で共有し、次の一日が始まっていた。「報道ステーション」の政治情報は古館伊知郎の独演漫談であり、経団連からの洗脳目的の操作情報の散布である。まともな政治報道は10年前からなくなり、30代や40代の働き盛りの世代の政治的インテリジェンスは、どうやら団塊の世代より上の高齢者よりも水準が低い。朝からテレビを見る高齢者は相対的に知識があって関心が高い。そういう世代間の政治的知性に関わる構造的な問題が伏在している予感がする。小泉改革を熱烈に支持したのも、郵政選挙で自民党に投票した無党派も、20代や30代の若い年齢層だと言われていた。日本人全体の知性が劣化している。

森喜朗_5「朝ズバ」に出た森喜朗は、両院議員総会開催を要求する署名が必要な人数を超えた情勢を踏まえ、総裁選前倒し容認の意向を表明、武部勤や中川秀直らの「麻生降ろし」を制止する発言はしなかった。また、「自民党は自分たちが選んだ麻生首相で戦うべきで、負けたときは野党に落ちればいい」と言ったが、無論、この意味は正確に読み取らなくてはならず、「麻生総裁」で戦うべきと言っているのではなく、「麻生総理」は変えずに戦うべきという意味である。つまり、明言はしていないが「総総分離」だ。そうでなければ、発言の全体が矛盾する。一方で総裁選の前倒しはやむを得ないと言いつつ、他方で麻生総理で戦うべきと言っている。この矛盾律は「総総分離」でしか意味が解されず、逆に「総総分離」なら明確な展望の提示となる。両院議員総会の開催について、麻生首相は細田博之に対応を一任している。そして細田博之は森喜朗の子分である。私の予想では、細田博之は麻生批判と執行部批判の修羅場になる両院議員総会を開くことはせず、幹事長辞任で渦中から逃亡する道を選ぶだろう。古賀誠に倣う方法が、自身の今後の政治生命を保全する上で最善の選択である。そして幹事長辞任となれば、麻生執行部は万事窮すで総裁辞任しかない。

森喜朗_4しかし、自民党議員は総裁辞任する麻生首相を衆院本会議で信任している。この厳粛な「信任」を裏切ることは許されず、「麻生総理」は続けさせなくてはならない。そうすると、どこかで「総総分離」が提案され決定される場面が作られ、与党と政府が了承する形式が準備されているという想定に導かれる。ただし、昨日(7/15)の与謝野馨の行動は、「総総分離」の台本に沿った動きと言うよりも、むしろ「総理辞任」すなわち内閣総辞職の要求であり、「総総分離」を超えた本物の「麻生降ろし」の様相を呈している。与謝野馨の場合は、副総理格の現職閣僚だから、内閣不信任案に青票を投じたとしても、その行動が内閣総辞職の諫言行為と背理矛盾することにはならない。その行動と主張に疑義が投げかけられたとしても、立場的に反論できる正統性の根拠があると言い逃げ可能だ。そして政治は生きもので、転がり出すと勢いが止まらない習性を持つ。与謝野馨の謀反の衝撃は小さくなく、「麻生降ろし」が本格的な風になれば、事態は「総総分離」の着地点を超え、一気に「総理辞任」にまで発展する可能性も生じるだろう。その方が本当はわかりやすい。「総総分離」も、内閣不信任案否決後の「麻生総理降ろし」も、わかりにくさ(=国民に対する説明の困難さ)の点では同じだ。

森喜朗_6昨夜の「報道ステーション」には、また星浩がコメント役で登場したが、一昨夜と同様、議論に全くキレがなく、解説を聞いていて興味や関心を惹く部分が一切なかった。星浩自身が、現在の自民党の混乱劇を注意して見ていない。情報をトラックしていない。分析を試みる意欲を持っていない。それは、次の選挙が民主党の勝利だと彼が確信しているからで、自民党の党内抗争が選挙に何か影響を与える要素になるとは露ほども思っていないからである。政治記者としての自分の商売は、民主党と自民党のマニフェストを比較説明して、そこに有権者の関心を引きつけ、小政党に票が流れないようにすることだと達観している。その点は毎日記者の与良正男も全く同じで、民主党による「政権交代」の蓋然性を絶対的な前提にして現在の政治と向き合っている。それ以外のハプニングが発生する余地を認識から排除してしまっている。民主党応援団の隣の位置の観客席で試合を観戦しているから、二人とも「総総分離」の可能性や、その奇策が呼び起こす有権者(保守層)の反応を冷静に測定できないのだ。世論調査でも、自民党の支持者と民主党の支持者の数は拮抗してる。今度の都議選や地方選の結果は、自民党支持者や、どちらかと言えば自民党支持の無党派保守が、民主党候補に投票しただけであり、民主党支持者が激増しているわけではない。

森喜朗_8a星浩や与良正男には、本来なら新聞記者が持つべき緊張感がない。現実の動向への注意深い観察の視点がない。浅薄なブログ左翼と同じで、テレビで「政権交代」のプロモーションをやっているだけだ。星浩は現在の自民党の党内抗争劇を「ベンチの中の掴み合い」と見下して評価している。確かにそれは事実だ。だが、4年前、選挙の直前に同じような自民党の党内抗争が起き、それをマスコミと野党は「コップの中の嵐」と言い捨てていた。その結果がどうだったか。私が「総総分離」の観点で今回の自民党の政局に注目するのは、皮相的な政局趣味の動機からではなく、4年前の出来事を覚えているからである。「小泉劇場」の選挙を忘れられないからだ。視聴者である私はテレビを見ていて分かる。古館伊知郎は選挙では自民党に投票している。みのもんたも投票所では自民党に一票入れている。星浩と与良正男は民主党に投票している。誰がどの政党に票を入れているかは、注意してテレビを見ていれば容易に判別できる。古館伊知郎もみのもんたも、心の底では現在の自民党の劣勢を見て、番組の影響力で挽回を図らせたいと念じているはずだ。二人とも、「政権交代」で民主党の世の中になっても、立ち位置をずらして巧妙に遊泳する術は心得ていながら、本来は、思想信条的には小泉純一郎や安倍晋三の信奉者なのである。それは、二つの番組のディレクターも同じだ。

森喜朗_8星浩や与良正男は、自分が「報道ステーション」や「朝ズバ」の論説を仕切っていて、番組のキーのメッセージを視聴者に発信している論説主幹だと思い込んでいる。だが、それは違う。星浩も与良正男も単に役割を与えられた人形にすぎない。本当に仕切っているのは番組の制作統括者であり、局の政治報道畑の役員や政治部長であり、それ以上にキャスターの古館伊知郎でありみのもんたである。電通と癒着し、テレビで出世して権力を得た彼らは、民主党が政権を取った場合に備えて政策を新自由主義に方向づけさせる世論操作をしなければならない使命を心得ているし、その前に、選挙前のテレビ報道をなるべく自民党の情報で埋めて、有権者の投票の判断が自民党からのイベントドリブンで動機づけられるように情報操作する任務を自覚している。「麻生降ろし」の政局報道は、民主党の支持者や関係者を慢心させるように仕向けているし、ポスト麻生への期待感を圧縮して空気圧を高めるように世論を巧妙に仕込んでいる。彼らの計算は、自民党の支持層を民主党ではなく自民党に投票させることであり、新総裁誕生のステージで、圧縮して仕込んだ期待感と躍動感を一気に解き放つことである。4年前、今と同じように格差と貧困の問題があった。けれども、有権者は「小泉劇場」に踊らされて郵政民営化のイングルイシューで投票をした。自民党権力の一部である岸井成格や古館伊知郎は、必ず同じ手を使ってくるはずだ。

すべてを疑え。

森喜朗_z1


昨夜(7/15)の「報道ステーション」の中で、星浩は、一連の自民党の「麻生おろし」の抗争劇を「ベンチの中の掴み合い」だと言い、意味のない動きだから注目する必要はないと吐き捨てましたが、われわれが、決してそう簡単にこの騒動を切り捨てられないのは、あの4年前の郵政政局と「小泉劇場」の記憶があるからです。あのとき、自民党が郵政民営化に賛成派と反対派に分裂し、自民党の分裂選挙となり、野党は自民党の内部抗争を「コップの中の嵐」だと言って切り捨てました。しかし、結果はどうなったでしょう。私はその経過を忘れてはいないし、今後も忘れることはありません。選挙の前の支配者側の動向は、どのような動きも見過ごすことなく、また安直に過小評価してはいけないのです。自民党と経団連は、選挙のためにあらゆる手段を動員するわけで、特にテレビに対しては周到な仕掛けを準備しているはずです。

少しずつ、気づかないうちに、この選挙も「劇場型」になり、骨肉の争いになり、ドラマになり、物語の様相を呈し始めています。敵と味方の二手に分かれ始め、テレビ局が「麻生おろし」を応援して風を吹かせ始めています。政治のドラマとは、煎じつめれば権力闘争の人間のドラマです。4年前の選挙が「劇場」となり、人の心を熱くさせたのも、そこに(死者まで出すほどの)生々しい権力闘争のドラマがあったからです。ここで考えなければいけないのは、二言目には「政策、政策」と言い、「マニフェスト、マニフェスト」と言う民主党の選挙戦略が、実は「政権交代」のシングルフレーズで、その意味は、要するに「権力をよこせ」という権力闘争の宣言でしかないことです。ですが、権力闘争を仕掛けているわりに、民主党の声は小さく、ドラマの演出がないですよね。

人の心を熱くさせる要素がない。<物語>の契機がない。そういう問題に気づきませんか。


森喜朗_z2



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3極ないし4極の時代

衆院倫理公選法特委の審議。民主党の政権掌握後の政治を象徴するような「多極体制」の絵、「55年体制」の「与野党対決型」政治の本格的終焉を実感。自民党提出の供託金引下げ公選法改正案に共産党が「まだ足りない」といいながら賛成、民主党提出の世襲禁止の政治資金規正法改正案討論の中で自民党がまるで野党よろしく「鳩山の疑惑を追及する」とか「筆頭提案者の岡田の欠席に抗議する」等と咆哮し、企業団体献金の廃止については民・共は方向性は同じでありながら民主党案は期間をおいて廃止・共産党は即時廃止という態度で論戦の火花を散らし、政党助成金に至っては民共は180度逆の立場、公明は冷淡に高みの見物。八幡製鉄政治献金判決や熊谷組事件が引用され、緊張感とともに議論のレベルもプロの公法学者なみに高い(特に佐々木憲昭の提案者長妻昭・篠原孝に対する質問時間)。議会って言うのは、そういうもんじゃなかったですか、本来。何が多数かなどというものは、議会制民主主義にとっては、実はどうでもいいことなのですね。そろそろ小選挙区制はやめにして、比例代表制にしたほうがいい。できたらサント=ラグ式にして絶対多数党がない状態にしたほうがいい。現代の国家には多極政治で争点をひとつづつ専門的知識をハンドリングできる者の手で丁寧に片付けていくプロセスが必要じゃないか。シングルイシューで二項対立の大衆にわかりやすい政治など有害無益だ。こういうわかりにくい政治こそ、実はよい政治なのではあるまいか。
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