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二大政党制のプロモーションイベントとしての党首討論と争点隠し

党首討論_1吉田茂の孫と鳩山一郎の孫が楽しそうに党首討論をしている。それをマスコミが嬉しそうに取り上げ、50年前の吉田茂と鳩山一郎の二人が映ったニュース映像と一緒にテレビで囃している。新聞も党首討論を評価し、時間不足だったからもっと頻繁にやれと尻を叩いている。ブログ左翼の論調もマスコミと同じで、鳩山代表に軍配が上がったと言って喜び騒いでいる。日頃はゴミ扱いしているマスコミと同じ目線で党首討論の中継に興奮している。私は蒼ざめて絶句する。カップ麺の値段も知らない世襲貴族の三代目が、二大政党の党首として国会で党首討論している身分制社会の図にも愕然とするが、それを21世紀の国民が嬉々として見守り、どちらが勝ったとか負けたとか言っている現実に戦慄を覚える。江戸時代の庶民の意識と同じではないか。国会での党首討論は、あの「政治改革」によって創設された制度だが、世襲三世を役者にして英国政治の物真似を演じるのが日本の民主主義を発展させる「政治改革」だったのか。にもかかわらず、日本国憲法の下の市民が拒絶や不快の声を上げないばかりか、浮薄な政治ショーに拍手喝采して大根役者の演技に夢中になっているとは。

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山口二郎を正面から批判しなければ「政治改革」批判にはならない

政治改革_1a 6/15の講演会を前に何冊か本を買い込んで読んでいる。その中の一冊に光文社の『日本を変える「知」』があり、吉田徹が「政治改革」を批判する文章があったので紹介したい。店頭でこの本に目が止まった理由は、著者の一人に本田由紀の名前があったからである。最近、本田由紀の名前が入った新刊は必ず手に取っていて、無視して通り過ぎることができない。他の著者は、飯田泰之、鈴木謙介、橋本努。全体を流し読みした印象を正直に言うと、強く感じるのは言葉の軽さで、年齢の若いアカデミーの人間に特有の浮薄な言い回しや言説態度が目立ち、私は受容よりも拒絶の感覚が先行するのを抑えられない。アカデミーの人間の言葉が最も軽い。彼らは自覚がないだろうけれど、政治家の言葉よりも、マスコミの人間の言葉よりも、それ以上にずっと軽いのはアカデミーの人間の言葉だ。むしろ、この国の言葉を軽くしていった張本人はアカデミーではないのか。私はそう疑う。彼らは意識的に、重い言葉はダサいだのクラいだのと決めつけ、そこに「旧来左翼」の貼札を貼って貶め、自分たちの脱構築的な軽さを正当化する言説を吐き散らした。

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「財源なくして政策なし」は「小さな政府」と「自己責任」の論理

岡田克也_1今日の朝日新聞(4面)に「マニフェスト岡田氏主導」と見出しされた記事が出ている。記事には次のようにある。「岡田氏のマニフェストへの思い入れは強い。代表選で、岡田氏は小沢代表時代に批判を浴びた政策財源の明確化を主張。(略)敗北後も『より説得力あるマニフェストを作りたい』と意気込んだ。岡田氏は代表選公約で『財源なくして政策なし』とうたい、マニフェスト作成委員会を設置することを約束した」。私は、小沢一郎が辞任を発表した翌日の5/12の記事で次のような予想を書いている。「今後の民主党では、新代表を射止められなくても、岡田克也の政策主張がマニフェストに色濃く滲む展開が予想される」。事態が予想したとおりの方向に進んでいる。そしてこの方向は、朝日新聞と経団連が望む「構造改革」復活の路線だ。注意を喚起したいのは、岡田克也の「財源なくして政策なし」という言葉で、これは表現を巧妙に工夫しているが、実際にはまさしく「小さな政府」と「自己責任」の主張そのものだということである。新自由主義の政策原理を別の言葉に置き換えて言い直している。

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立花隆の予言 - 民主でも自民でもない方向に急速に政治が動く

立花隆_1それにしても、ネットのBlogに吐き散らされている言葉の何と薄っぺらいことだろう。君たちはマスコミや政治家を軽蔑してゴミ扱いするが、君たちの言葉は古館伊知郎やみのもんたより薄っぺらで、渋谷の街宣右翼のようにただ騒々しいだけだ。彼らががなりたてる粗悪でやかましい扇動プロパガンダと同じだ。小沢一郎には何の政治責任もないとか、説明責任は十分果たしたとか、説明責任の必要はないとか、よくそんな論外なことが言えるものだ。平気で吐き散らせるものだ。みのもんたや古館伊知郎の言葉がゴミなら、君たちの言葉はゲロだよ。1年後とか2年後、自分が吐いた汚物と向き合えるのか。ネットでは特に話題にならなかったが、5/13の朝日新聞のオピニオン面に「小沢一郎とは」の特集があり、立花隆の寄稿が載せられていた。往年の冴えと較べれば衰えの目立つ立花隆だけれど、最近の小沢問題を論じた文章の切れ味は、さすがに立花隆だと思わせる。知識人としての責任をよく果たしている。内容は至極当然の評論なのだけれど、ここまで本質を射抜ける論者が他にいない。金子勝や浅井慎平の言を聞き、立花隆の文を読むと、ネットの言論など不要で有害なだけではないかと思えて憂鬱になる。

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闘鶏ゲームと傀儡体制 - 小沢一郎は説明責任から自由になれない

説明責任_15/17のサンデーモーニングを見ていたら、民主党代表選の話題のところで、浅井慎平がとてもいいコメントをしていた。小沢か非小沢かだとか、自民か民主かというような軽い選択ではなく、今度の選挙では自分たちが主権者なのだということを考えないといけないと訴えていた。浅井慎平はずっとこの番組に出ていて、私は長い間、彼のことを評価していなかった。専門的な知識もなく、「素人さ」をエクスキューズにする軽い発言が多いように感じていたからだ。しかし最近の鬼気迫る言葉、政治への憂いを真剣に言葉にする態度には強く胸を打たれる。出演者の中で最も深い危機感を持ち、それをテレビの視聴者に懸命に伝えようとしている。表情が違う。あの岸井成格が最後にコメントを纏めるとき、最も不信感と不快感を露わにした表情で聞いているのが浅井慎平で、そのことで浅井慎平こそが本物だということがよくわかる。岸井成格が、言葉の上っ面で巧く視聴者を騙そうとしていることを見抜いていて、「何を言ってるんだ」「いい加減なことを言うな」と心の中で思っている。浅井慎平の岸井成格に対する不信の視線こそが、まさにわれわれの政治への気分を率直に代弁してくれている。

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政治言語としての「政権交代」 - ポピュリズムと擬似カリスマ

政権交代_15/11の小沢一郎の辞任会見の席上で、誰かが「小沢さん辞めないで」と叫び声を上げたという報道を見たけれど、その行為はあまりに軽率で非常識だったのではないだろうか。多くの国民は、民主党の一部にある世間の常識感覚との大きな隔たりを感じて幻滅したことだろう。民主主義の政治なのだから、それは確かに衆愚政治と隣り合わせではあるのだけれど、基本的に現在の多数の支持を得なければ権力を手にすることはできない。その政治家や政党の振る舞いが一般市民の感性や常識とあまりにかけ離れすぎると、どれほど彼らが自己を強い政治的信念の持ち主だと確信し、蒙昧な大衆を指導する前衛の選良だと心得ていても、結果的に多数の支持や共感を調達することはできなくなる。「マスコミの洗脳報道に騙されている多数の市民」の像が真実なのか、「常識を失って無能な金権指導者を礼賛している自分」の像が真実なのか、二つの表象に対して緊張感とバランス感覚を持って対峙する必要がある。そして自分が公衆の前で発した言葉は必ず自分にハネ返って来る。政治家は自分の言葉に責任を持たなければいけないよね。

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政治倫理と市民常識 - 民主党が西松事件で苦しむのはこれから

言葉_9誠実さを言語化せよと辺見庸は言った。言語が響き合うマチエールな体験に挑戦して、それを獲得し確信することだと言った。それをブログの政治言論に適用するなら、それはどういう形式や内実になるのだろうか。政治の世界や、政治に関わって飛び交う言葉の世界は、人間の誠実さとは全く無縁の、それとは対極の世界であることは間違いない。けれども、ペストに擬えた人間の絶対悪に打ち克つ唯一の方法は誠実さであるというカミュの啓示に真理を得たとき、今の日本の絶望的で終末的で言語剥奪的な政治状況の中で、それに立ち向かう有意味で説得的な政治学の理論なり主張の端緒を得るためには、やはりこの方法に依拠する態度を持ち、そこから政治に向かい合う勇気を試行錯誤するしかないのではあるまいか。嘘ばかりの現実に、嘘ばかりの言説が向けられ、嘘を嘘だと思わず、各自が自分を嘘で包み込み、同じ嘘を信じる仲間を増やそうと懸命になっている。でも、それは破綻する。やってられなくなる。自分を嘘で騙し、他人を嘘で騙すことは、自分が騙されていることだと気づくからだ。

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小沢一郎の時代の終わり - 鳩山由紀夫への禅譲と民主党の落魄

小沢_1_1ようやく小沢一郎が辞任を発表。政治は長い時間を無駄に浪費して、新しい局面を迎えることになった。私は、3月下旬の大久保秘書起訴前の時点で辞任は不可避と予想してブログに記事を上げ、菅直人も続投は無理だから早く身を引いた方がいいと小沢一郎に諭したが、頑迷で権力への執着心が強い小沢一郎は決断ができず、周囲の忠告に素直に従えず、無意味に代表の座に居座って組織を混乱させ、党の支持者や関係者に迷惑をかけ続けた。最終的に辞任表明に至ったのは、党内で小沢降ろしの動きが広がり、このまま選挙前まで引っ張ることが不可能だと判断できたからである。先月下旬には地方行脚まで再開し、政権交代するまでは辞めないと強気を言い張っていたが、その言葉をあっさり裏切って、結局は辞任に追い詰められた。3月の時点ですぐに決断して辞めていれば、二階俊博の閣僚辞任に持ち込むことができ、政治とカネの問題の政局で民主党がアドバンテージを握ったまま、それを争点にした総選挙に縺れ込ませる戦術も可能だった。辞任を無用に遅らせたために、党に与えた損害は測り知れないほど大きく、西松事件は民主党の票を減らすだけの顛末になっている。

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5/9辺見庸講演会と「狼たちの遠吠え」- 特定の一人に言葉を届ける

石原吉郎_15/9に「暴力の時代?言葉に見はなされるとき」と題した辺見庸の講演会が大隈小講堂で開催され、1か月ぶりに早稲田大学に足を運んで聴いてきた。週末だったこともあり学生は少なく、新歓の頃と違ってキャンパスは静かになっていた。緑の木立の下の椅子に座って、近くから来ている高齢の女性たちが大隈講堂を水彩で写生している。小講堂は地下にあって座席数300。講演は午後1時半開始で、1時間前には到着したが、入口で係員が整理券を配布していて、受け取った番号は108番だった。最初に講演会の情報をネットで知ったとき、電話での事務局の案内は当日に入口前で並んでくれというもので、この情報をブログで流すと来場者が殺到するかもと恐れ、なるべく人が多く集まらないようにと願っていた。同じ事を事務局も考えていたのか、告知は抑制していたようで、幸い、人が溢れて混乱する事態はなかった。来場者である東京のレフツは、老若さまざまだったが、とても品がよく、知性と教養のレベルが高い。辺見庸の講演を欠かさず聴いている人たちで、男性は一人で来ている者が多い。女性は二人連れ(友達や母娘)が多く、そのためか女性客の方が多い。

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湊かなえ『告白』 ? 少年犯罪、裁きと復讐、人の心はミステリー

告白_12009年本屋大賞を受賞した湊かなえの『告白』を読んだ。どの書店でもこの本がうず高く店頭に平積みされている。積み上げられた冊数が他の本と較べて段違いに多く、猛烈な勢いで売れていることがわかる。期待して読んだが、中身は評判以上で、想像をはるかに上回る完成度の高い作品だった。これだけ前評判が高く、そして前評判を超える感動を得られる本に出会う経験は滅多にない。村上春樹の『海辺のカフカ』以来だろうか。この小説は、とにかくアイディアが素晴らしい。本の帯に広告宣伝コピーとして読者の感想が載っていて、「これから読む人に言いたい。寝る前に読まないで下さい。読了まで眠れなくなります」と書いている。この短い言葉が、この本の何たるかを最もよく言い得ている。途中で止められない。息をつく間がない。先へ先へ読ませる。暗くて恐い物語の中に入ったまま、関心がその世界に没入して、読み終わるまで出られなくなる。小説であれ何であれ、通常、最後まで一気に読み通せる本は本当に少ない。この本はそこが全く逆で、展開があまりに完璧すぎて、途中で読むのを中断して本を置くことができなくなる。展開と構成の絶妙さに息をのむ。

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NHKスペシャル『JAPANデビュ- 第2回 天皇と憲法』 - 立花隆の警告

天皇と憲法_1NHKスペシャル『JAPANデビュー』の第2回『天皇と憲法』が5/3に放送された。前回作の『アジアの一等国』や『プロローグ』と比べるとプレーンでオーソドックスな内容に仕上がっていて、特に新しい問題提起や意表を衝く歴史描写はなかったが、重要な問題をよく纏めて整理した佳作の歴史番組だった。前回の『アジアの一等国』はいかにも五十嵐公利が手がけた野心作の性格が濃厚で、すなわち、子安宣邦と小熊英二の研究成果に影響された歴史認識で構成されていて、NHKによる初の本格的な台湾論を脱構築主義的視角から試みるという、言わば前衛的な企画のものだった。日本人の一般認識であり、NHKの標準的な教科書でもある司馬史観の台湾論を飛び越えた冒険的な挑戦であり、そうなると右翼の側から苦情が出るのは当然かも知れない。右翼の苦情の問題には立ち入らないが、基本の教科書に十分に目配りする姿勢がないと、思わぬところで事故に遭遇する。しかし、台湾の政府とアカデミー、そして多くの台湾の人々は、五十嵐公利とNHKの挑戦を静かに支持して見守ってくれているのではないか。私はそう思う。あの番組は心を揺さぶる感動的なものだった。

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秀逸なNHKの憲法記念日特集 - 初めて生存権(25条)が主役に

憲法25条_1憲法記念日の昨日、NHKでは憲法に関する特集番組が3件放送された。綜合放送の朝の時間帯に放送された「いま問われる25条“最低限度の生活”」、夜のNHKスペシャル「JAPANデビュー 第2回 天皇と憲法」、ETV特集「「いま憲法25条“生存権”を考える?対論 内橋克人×湯浅誠」である。NHKが憲法記念日にこれほど盛り沢山の特集を企画制作したのは初めてか、久しぶりのことではないか。昨年は何かあっただろうか。ここ数年、特に小泉政権以降、憲法記念日なのにNHKは何も真面目に憲法を特集した番組を放送して来なかった。このブログは5年間続けているけれど、もしNHKが本格的な番組を放送していたなら、必ずレビューを記事に上げていたはずだ。今年のNHKは少し違う。元のNHKに戻り始めていて、視聴率も好調で、自信を取り戻している。今回のNHKの憲法特集において特筆すべきだったのは、第25条の生存権をテーマとしていた点で、3本中2本が25条の番組だった。25条が憲法記念日に特集されたことがあっただろうか。私の記憶では初めてで、朝日訴訟(人間裁判)をあれだけ詳しく映像で取り上げるのを見たのも初めてで感慨深い。

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中国映画『レッドクリフ?』 - 林志玲(小喬)の圧倒的魅力に悩殺

赤壁_1『レッドクリフPart?』を見に行った。今年のGW映画の中で最も話題になっている作品だが、新型インフルエンザ報道のせいで観客の出足が鈍っているのか、それとも不況のせいなのか、映画館の中は閑散としていた。だが、この映画は間違いなくお奨めできる。テレビやネットの宣伝で受けるコマーシャリズム的な印象よりも実際の映像ははるかに見ごたえがある。娯楽商品としてマスの大衆を動員しなければならないから、あのようなコミュニケーションとメッセージになるのは仕方がないが、広告の印象は軽薄でよくない。第一、日本で公開する際の題名を英語の「レッドクリフ」にすること自体が私には抵抗があり、正しく「赤壁の戦い」と銘を打つべきで、不滅の歴史物語を自ら貶める冒涜行為のよう感じられていた。映画の内容がよかったので、今は一安心した気分に落ち着いているが、中国の古典や歴史を映画化した作品を日本で配給する際は、そうした文化的背景のない英語圏の観客にエンタテインメントを商売する論理とは異なる態度で対応して欲しい。三国志はわれわれ日本人の神聖な古典でもある。グロ?バルマーケティングの論理で安直に塗り潰されては困る。

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